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働き方の枠組みが変わる ~働き方改革最前線の現場から~【5】

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「パラレルキャリア」「兼業・複業」という言葉をここ数年で耳にすることが多くなってきた。個人、企業双方にとって「働き方」が変化し始めており、その動きは都市部から地方にも広がり始めようとしている。

日本の「働き方改革」の政策立案や「中小企業庁 中核人材確保スキーム事業」に携わるみずほ情報総研株式会社社会政策コンサルティング部 雇用政策チーム 雇用政策第一課長の田中文隆さんによるワークシフトの話を中心とした連載。最終回の第5回目は、大企業人材のプロボノトライアル実証を通じて感じた「自身のOSのアップデートの必要性」をテーマに寄稿いただいた。

個人のキャリアとプロボノ

「プロボノ」という言葉をご存知だろうか。プロボノは、ラテン語の「Pro Bono Publico(=For Good Public:公共善のために)」の略語である。「社会的・公共的な目的のために、自らの職業を通じて培ったスキルや知識を提供するボランティア活動」を指す。

発祥はアメリカの弁護士が貧困層むけに無報酬で行った法務相談といわれる。それが2000年ごろからコンサルティング、マーケティング、IT、デザインなど幅広い業界・領域に広まり、わが国においても、被災地の復興等の場面で、自身のスキルや知識、ネットワークを活かしたボランティア活動を行う企業や職業人がクローズアップされたことは記憶に新しい。

2011年東日本大震災以降、さまざまな災害や社会問題に対する新たな解決の担い手として、この「プロボノ」という言葉が見られるようになった。さらに、直近では経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会(人材力研究会)報告書 平成30年3月」では、次のような記述が確認できる。

「中小企業等で活躍することに関心があっても現状から一歩を踏み出せない潜在的な人材が多い。そこで働き手が中小企業等で働くことを検討しようと、一歩踏み出すための仕掛けづくりが重要になる。」

その具体案の1つに、「プロボノ活動(社会貢献を行うボランティア活動)」が挙げられている。また「いわゆる兼業・副業のハードルが高い場合であったとしても、自らの専門知識や技能を活かして社会貢献活動等を行うことが、人生100年時代の新しい働き方に一歩踏み出すきっかけになりうる」と明記されている。どちらかと言うと、前述の社会貢献というより個人のキャリアのあり方に一石を投じるものとして注目、言及されている(図表1)。

図表1 (人材力研究会)報告書における「プロボノ活動」の表記

3. 働き手に関する課題と母集団形成の手法

(3) 顕在的母集団形成~「一歩踏み出す」仕組みづくり
 また、中小企業等で活躍することに関心があっても、現状から一歩を踏み出せない潜在的な人材は多いとの意見がある。そこで、働き手が受け入れ企業(中小企業等)で働くことを検討しようと、一歩踏み出すための仕掛けづくりが重要になる。
 具体的には、①プロボノ活動(社会貢献を行うボランティア活動)を行う、②出向や社会人インターンシップを経験する、③兼業・副業を行うなど、気軽な「きっかけ作り」が極めて有益である。また、④学生時代におけるインターンシップ経験もその後の意思決定に有効である。

① プロボノ活動
 いわゆる「兼業・副業」のハードルが高い場合であったとしても、自らの専門知識や技能を生かして社会貢献活動等を行うことが、人生100 年時代の新しい働き方に「一歩踏み出す」きっかけになりうる

② 出向・社会人インターンシップ
 期間限定で、現在の組織以外の組織で活躍する経験や、異なる組織文化に触れる経験は、その後のキャリア形成に影響を与えうる。

③ 兼業・副業
 「兼業・副業」等が解禁されることは、人材流動化の母集団形成の観点から一つの試金石となる可能性が極めて高い。また、大企業等にとっても、兼業・副業等により、社員に柔軟な働き方や社外で経験を積む機会を提供することは、社員のリテンションや人材確保・活用、更にはイノベーション創出の観点からも、極めて有効な戦略となりうる。

④ インターンシップ
 学生時代に地域や中小企業等で活躍する経験は、その後の社会人人生で一歩踏み出す意思決定に大きな影響を与えうる。

出所 経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会(人材力研究会)報告書」13~14ページ 平成30年3月(https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180319001_1.pdf

一歩踏み出すしかけづくり 3つのプロボノ実証

3回目のコラム「進む企業人のワークシフト」でも言及したが、弊社では、中小企業庁「中核人材確保スキーム事業」実証事務局として、働き手の方にとって、一歩踏み出しやすい仕掛けとは「どのようなものであると良いのか。いきなり兼業や副業、転職だとハードルが高く感じられるため、まずはプロボノを通して体験をして、自身のキャリアについて考えるきっかけとなり得ないか」という問題意識の下、3つのテーマで働く個人の方を募集し、プロボノのトライアル実証を行った(図表2・3)。

3つのテーマとは、都内のスタートアップ企業等を中心に、新規事業など社会課題に関する課題を切り出し、その解決策を探る議論に参画する「腕試し型」、鳥取県八頭町をフィールドとして現地に赴き、2泊3日でまちづくりに関するプロジェクト等のプランを策定・提案する「地域課題解決型」、大企業在籍人材(主に40代以降)を対象にスキルの棚卸し、強みを確認、65歳の自身の姿をシミュレーションする等の研修を実施した上で、成長意欲の高い中小企業の課題解決にプロボノとして取り組む「教育・研修プログラム型」である。各テーマ、20~30名程度の個人が参画した。

図表2 中小企業庁「中核人材確保スキーム事業」3つのプロボノ実証

出所 「プロボノ・兼業・副業推進シンポジウム(2019年2月26日)」実証事務局報告資料

図表3 中小企業庁「中核人材確保スキーム事業」3つのプロボノ実証

出所 「プロボノ・兼業・副業推進シンポジウム(2019年2月26日)」実証事務局報告資料

キーワードは、「鎧を脱ぐこと」、「アンラーニング」、「役割で自分を語る」

実証後、2019年2月には、3つのテーマのプロボノトライアルに参加した個人の報告会(体験を発信・シェアする機会)も兼ねて、シンポジウム「プロボノ・兼業・副業の今を知る:中小企業や地域ではぐくむパラレルキャリアの実例と可能性」を開催した。

特に、報告者の声として印象的であったのが、「自らの思考の癖に気付き、払拭できた」、「自分のスキルセットを手放してイチから、腕まくりをして考えることが重要だと気付いた」等の「アンラーニング(※)」・「鎧を脱ぐこと」に関する言及である。

あるスポーツブランドでマーケティングを行っている方は、まったく業界の違う教育業界でのマーケティングにプロボノとして関わった。同じマーケティングというアプローチであったものの、業界特有の知識がない中で、試行錯誤を重ねることで今まで自身が取っていた考え方の癖に気付き、それが払拭できたことが自身のスキルの幅を広げることが出来たと振りかえっている。

また、ある金融機関で投資を担当している参加者は、ものづくり企業での特有技術の汎用化までを計画するにあたり、どのような人を集めてどのような方法で力を貸して貰えばよいか、経営陣と議論する機会を得た。当初は、複数の参加者が自身の専門領域に重ねて話をし始めていたが、話がかみ合わなかったという。そこで、自分がやってきたことに拘ると、プロボノの良さが生きないことに気づき、自分のスキルセットをいったん手放し、わからないことも腕まくりして「自分がこれをやります」とスタートしたところ、議論が進んだと言う。そして、「本業でもう少し違うやり方も含めてやってみよう」という精神が芽生えたと振りかえっている。

両者ともに、これまで培ってきたスキルや知識を活かすという点にとどまらず、それらを活かすための自身の土台について、柔軟に幅を広げていくことの重要さに気づき実践したものと思われる。

前述した経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会(人材力研究会)報告書平成30年3月」においても、以下の類似の言及がある。「人生100年時代において、個人が能力を発揮し続けるためには、個別の専門スキル等に加えて、それらを適切に使いこなす「OS」の絶え間ないメンテナンスが必要である・・・(中略)・・これらの「OS」は、いわゆる『精神論』に留まるものでなく、学びによって修得・獲得できるものであると考えられる」(図表4・5)。自身を活かすための土台が、報告書で言う「OS」に当たるものではないだろうか。

さらに、シンポジウムに登壇し、本プロボノトライアルで参加者を受け入れて頂いたあるスタートアップ企業の経営者は、スキルにこだわり仕事を求めるのでなく、役割に価値をおいて仕事を求めることの重要性を説いている。

どんな会社や組織でも「励ます人」、「調整する人」、「アイディアを持ってくる人」、「局面を打開する人」、「巻き込む人」等がいるが、彼の言葉を借りれば、前述の腕まくりした行動は、「局面を打開する」役割を現場で試み、果たしたのかもしれない。そして、自身の役割を再発見し本業での活かし方に良い影響をもたらしたと思われる。

図表4 「OS」をアップデートする

出所 経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会(人材力研究会)報告書」34ページ 平成30年3月(https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180319001_1.pdf

図表5 人生100年時代の社会人基礎力

出所 経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会(人材力研究会)報告書」29ページ 平成30年3月

来た路に想いを馳せ、行く路に灯を燈す~二枚目の名刺に期待すること~

今回のプロボノトライアル実証であるが、参与観察も兼ねて筆者も一部参画をした。感想を一言で述べるならば、「来た路に想いを馳せ、行く路に灯を灯す」というところである。

業界も志向性も多様なメンバーの中で、あるスタートアップ企業の新規事業に対するボトルネックの洗い出しに関するディスカッションに参画したが、その内容と言うよりも多様なリーダーシップを引き出す経営者の議論の進め方に気づきを得た。

具体的に言えば、会議の持ち方一つとっても「このような成功パターンや失敗パターンがあったな」といった自身の経験に基づく議論を通じて、振り返る(来た路に想いを馳せ)と同時に、一方でメンバーの多様な意見の深層を掘り起こすことに集中し、真のボトルネックを突き詰める為にはアジェンダやスケジュールの変更も躊躇しない姿勢に大きな気づきを得た(行く路に灯を燈す)。自身の土台(OS)を、これまでの道から一歩横にそれて、客観的に見つめることができた経験であった。

冒頭に述べたように、今回の実証ではプロボノを次のキャリアを考えるための「一歩踏み出す仕掛けづくり」として試行したが、実際には、自身の土台(OS)のアップデート経験の有用性を確認出来たのではないかと考えている。

詳細は述べないが、各参加者の振り返りシートでは、兼業・副業等次の一歩を踏み出す前に、自身の考え方の癖や問題へのアプローチ方法等について気づきを得たというコメントが多かった。それらは、保有する専門性が通用したかどうかといった言及よりはるかに多く、いかに自身の土台(OS)をアップデートする機会の重要性を認識する機会(オプション)が少ないかということも背景にあるように思われた。

さいごに

今回、連載の機会を頂いたNPO法人二枚目の名刺では、民間公共問わずに社会人に対して多様な越境学習の機会を提供している。これまでにも、当該機関が発信するレポートで自身の土台(OS)のアップデートに関する言及を確認できるが、今後はさらに、そのアップデートにより、中長期的に何を実現することに役に立ったのか、時系列の変化等に注目した分析・発信を期待したい。

例えば、プロジェクトに参加した個人の追跡調査等も有効なのかもしれない。人生100年時代に備えて、何を学ぶのか、どのようにして学ぶのか、私たち個人それぞれがその準備を怠らないコンディションづくりから学びはスタートするのだと思う。

(※)アンラーニング 一度学習した知識や価値観を意識的に捨て、新たに学習し直すこと。

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ライター

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編集者

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カメラマン

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田中 文隆
ライター
【みずほ情報総研株式会社 社会政策コンサルティング部 雇用政策チーム 雇用政策第1課長】 早稲田大学政治経済学部卒業、大手銀行勤務後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程修了(国際関係学修士)。 2001年10月、みずほ情報総研株式会社(当時:富士総合研究所)に入社。 2004年~2005年 厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室に出向(労働経済白書執筆に従事)。 地域雇用創出政策、産業人材政策(成長分野・グローバル等)、多様な働き方に関する政策等の官公庁関連の受託調査研究業務、実証事業等に多数従事。 <その他> ◇労働政策研究・研修機構「雇用ミスマッチ解消のための人材ニーズ研究会」委員(2014年) ◇政策分析ネットワーク主催「地方創生シンポジウム(シニア人材×移住)『シニア人材の活用を通じた「地方創生」の可能性』~まち・ひと・しごと創生総合戦略の閣議決定を受けて~」パネルディスカションファシリテーター(2014年) ◇中小企業庁「地域中小企業の人材確保・定着支援事業検討会」委員(2014年) ◇総務省「地方のポテンシャルを引き出すテレワークやWi-Fi等の活用に関する研究会」ワーキンググループ構成員(2014年) 【MHIRコラム】 2016年8月16日 プロフェッショナル人材の地域還流 https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2016/0816.html
はしもと ゆふこ
編集者
女性誌出身の編集者。 「人生100年時代」に通用する編集者になるべく、雑誌とWebメディアの両方でキャリアを重ねる。趣味は占い。現在メインで担当するWebメディアで占いコーナーを立ち上げ、そこで独自の占いを発信すべく、日々研究に励んでいる。目標は「占い師」という2枚目の名刺を持つこと。
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