働き方の枠組みが変わる ~働き方改革最前線の現場から~【2】
「パラレルキャリア」「兼業・複業」という言葉をここ数年で耳にすることが多くなってきた。個人、企業双方にとって「働き方」が変化し始めており、その動きは都市部から地方にも広がり始めようとしている。
日本の「働き方改革」の政策立案に携わり「内閣府プロフェッショナル人材」を通し地方へも働き方のワークシフトとして実践をし続けるみずほ情報総研株式会社(以下みずほ情報総研)・社会政策コンサルティング部・雇用政策チーム シニア コンサルタントの田中文隆(たなかふみたか、以下田中さん)さんに個人や企業の実例とともに、日本全体に少しずつ拡大しつつあるワークシフトの話を中心とした連載、第2回目は「わが国における『働き方改革』検討の動き」がテーマとなる。
「働き方改革」の始まりについて
昨今「働き方改革」という言葉を、新聞や雑誌、また日々の会議でも見聞きしない日はない。「働き方改革」の意味するものは幅広いが、本稿では特に「柔軟で多様な働き方」という観点から、どのような政策議論を辿ってきており、何を目指しているのか整理してみたいと思う。
安倍政権の発足後、一つの契機となったのが2013年6月「日本再興戦略」である。
本戦略の中で、「雇用制度改革・人材力強化」の第1項に「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」が掲げられ、能力開発支援も含めた労働移動支援型の政策がとられるようになった。これは雇用の安定というものを、現在就職している1社に依存するということだけでなく、個人が転職に必要な能力開発等も行いながら円滑な労働移動を行うことで自身のキャリアをつなぐことも重視するという意味だ。産業構造の変化や企業の戦略自体の変化に応じて、また人生100年時代におけるキャリア志向の多様化によっても、そのような手段が必要となるであろう。関連する助成金についても、雇用維持を目的とした雇用調整助成金(2012年度実績額:約1134億円)から労働移動支援助成金(2012年度実績額:約2.4億円)に大胆に資金をシフトさせる方針もとられた。
政府の文書にも「衰退産業から成長産業へ」、「失業なき労働移動」という言葉がよく見られた頃でもあった。
「日本再興戦略」では、戦略市場創造プランを策定し、本プランの中では「健康寿命の延伸」というヘルスケア分野、「クリーンかつ経済的なエネルギー需給」という環境やエネルギー分野、「安全・便利で経済的な次世代インフラの構築」「地域資源で稼ぐ地域社会の実現」という4つの領域において、成長戦略の施策として、海外市場の取り込みも含め、2030年までのロードマップを策定している。
実行を重ねていく上で見えてきたこととして、上記のような戦略市場を拓いていくためには、教育戦略も含めた若年者の育成・入職支援が重要であるが、即戦力としては、経験とスキルを有するミドル層の労働移動が求められているということであった。
(経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会」第2回研究会 事務局資料をもとに2枚目の名刺webマガジン作成)
ミドル層(35歳以上)の労働移動への着目
当時、筆者が本政策に関連する施策の1つとして関わったのが、経済産業省が2013年度から3ヵ年実施した「多様な『人活』支援サービス創出事業」である。
本事業は、スキルと経験をもつ社会人が成長分野で活躍するために必要な再教育からマッチングまでのプログラムの開発、同プログラムを受講した人材が実際に成長分野において出向形態等で働くモデルを実証し、成長分野での人材活用の成功事例の組成、普及等により「人活」産業の創出・振興を図るものであった。
当社においても、これまでの労働・雇用分野での調査研究の実績を活かし、株式会社パソナ等と連携して、大手企業の海外事業経験者の中堅・中小企業へのスキル活用を促す「グローバル展開企業×ミドルイノベーター マッチアッププロジェクト」を実施した。
プロジェクトでは、大手企業の海外事業経験者のグローバルなテクニカルスキルだけでなく、現地拠点立上げ等で培った海外における対人関係能力等のポータブルスキルの「気づき」にも着目し、必要な教育プログラムの提供、企業での就業サポートを行った。
これまでも、有料職業紹介やサーチ型のヘッドハンティングサービス等が、ミドル層の労働移動を担ってきたが、対象は転職意識の顕在化した人材と人材ビジネス企業の活用経験が豊富な企業に限定されており、大きな流れとはなっていなかった。
また、ミドル層の有するスキルについても仕事に直結した専門知識等のテクニカルスキルに着目されるがあまり、各人が仕事の中で培ってきた汎用性の高いスキル(ポータブルスキル)注1について、本人も受入企業も気づかずに、ミドル層の活躍可能性を狭めていたという問題もあるのではないかという仮説に基づいた実証事業であった。
本実証事業では、受入企業のミドル活用ニーズや学びなおしによるポータブルスキルへの人材自身の気づき、出向先でのスキル活用などについては一定の評価が出来るものであった。一方で、大企業を中心とした送出し企業の在り方については、対象となった人材のマインドセット注2の問題など、そのあり方について多くの議論と課題を残すものとなった。
一億総活躍から働き方改革実行計画へ 柔軟で多様な働き方改革は着実に推進
2015年9月に、①強い経済、②子育て支援、③社会保障の「新・三本の矢」が掲げられると「働き方改革」は人口減少下における働く担い手の確保にシフトしていく。
2016年6月の「一億総活躍プラン」策定にみられる保育や介護への重点施策である。その後、議論の中心は「長時間労働」、「同一労働同一賃金」に力点が置かれた。
2017年3月には、「働き方改革実行計画」が策定された。残業(時間外労働)について強く意識され、大企業を中心に経営トップ及び働く現場においても議論の対象として「労働時間」が大きな話題となったことは読者の皆様も実感があるだろう。
そのような中、「柔軟で多様な働き方」の枠組みに、これまでのテレワーク等に加えて新しい要素が加わった。
第1回寄稿でも取り上げた「雇用によらない働き方」、「副業・兼業」である。
筆者は、2016年度の経済産業省「雇用によらない働き方」に関する研究会の事務局支援を行うほか、新たな働き方を体現する4,000人を対象とした調査にも関与させて頂いた。調査結果等については、本連載の第4回目で概要を述べたいと思うが、当該研究会での議論を受けて「働き手の教育訓練」、「働き手が円滑に働くための環境整備のあり方について」、「雇用関係によらない働き方をめぐる企業の取組について」、以下のような方向性が示された。
(経済産業省「雇用によらない働き方に関する研究会」報告書概要版5ページをもとに2枚目の名刺webマガジン作成)
(経済産業省「雇用によらない働き方に関する研究会」報告書概要版6ページをもとに2枚目の名刺webマガジン作成)
(経済産業省「雇用によらない働き方に関する研究会」報告書概要版7ページをもとに2枚目の名刺webマガジン作成)
また厚生労働省では、2017年10月から「柔軟な働き方に関する検討会」を設置し、副業・兼業等の柔軟な働き方について議論を行い、翌年2018年1月には「ガイドライン」、「解説パンフレット」、「Q&A」、「モデル就業規則」を公開し、副業・兼業の普及促進を図るようになっている。
そして人生100年構想会議発足へ
政府は、さらに働き方だけではなく「ライフ」そのものの変革を見据え「人生100年構想会議」を発足させた。発足後、ほどなくして経済産業省・中小企業庁においては「わが国産業における人材力強化に向けた研究会」とさらに深く議論を行う2つのワーキングが設置され議論が進められている。
議論の中では、大企業と社員との新たな関係性の構築(優秀な人材を自社で永遠に囲い込み続けることは困難)や「人生100年時代おける新・社会人基礎力(仮称)」や中小企業等が多様な人材を多様な形態で活用するモデル構築など、さらに具体的な方向性や打ち手が垣間見えている。おそらく、本議論を通じて次年度は働き方の風穴を開けていくような事例創出やムーブメントが期待できるであろう。
(経済産業省「わが国産業における人材力強化に向けた研究会」第1回研究会 事務局[資料2]の9ページをもとに2枚目の名刺webマガジン作成)
働き方改革の目指すべきもの
働き方改革、特に「柔軟で多様な働き方」という観点から整理してきた。筆者は働き方改革とは、国や企業からすれば、成長戦略を実行するためのインフラとなるもの、組織マネジャーからすれば、組織ミッションを実現するエネルギーとなるもの、個人からすれば、個々の人生・キャリアを充実させるためのマインドセット、環境を整えることに他ならないと考えている。多様なKPI含めて実行していくことになるが、国、企業、個人のいずれにせよ、やったことに意味を持たせるのでなく、やることを通じて何を実現させていくのかにぜひ注目していきたいと思う。
注1:業種・職種の垣根を越えて活用できる汎用性の高いスキルのこと。ポータブルスキルは2種類に分かれ、1つは英語や簿記のように、そのレベルが資格制度などによって客観的に証明されるスキル、もう1つは洞察力や判断力、リーダーシップなど測定が困難で視覚化できないスキルがある。
注2:経験、教育、先入観などから形成される思考様式のこと。
ライター
編集者
カメラマン