働き方の枠組みが変わる ~働き方改革最前線の現場から~【3】
「パラレルキャリア」「兼業・複業」という言葉をここ数年で耳にすることが多くなってきた。個人、企業双方にとって「働き方」が変化し始めており、その動きは都市部から地方にも広がり始めようとしている。
日本の「働き方改革」の政策立案に携わり「内閣府プロフェッショナル人材」を通し地方へも働き方のワークシフトとして実践をし続けるみずほ情報総研株式会社(以下みずほ情報総研)・社会政策コンサルティング部・雇用政策チーム シニア コンサルタントの田中文隆(たなかふみたか、以下田中さん)さんによる、日本全体に少しずつ拡大しつつあるワークシフトの話を中心とした連載、第3回目は「地域企業への挑戦」がテーマとなる。
地域に魅力的な事業・プロジェクトを創る、「地域しごと問題」への挑戦
わが国では、若年層を中心に、地方圏から1都3県への転入者が転出者を20年連続で上回るなど地方から大都市圏への人口流出が続いている[i]。これは、地方における単なる人口減少という面だけでなく、地域経済を牽引する地域企業の成長のための担い手不足という面でも問題となる。
地方圏では多くの中小企業が地域経済を支えているが、300人未満の企業の大卒求人倍率をみると4倍を超えており、人材不足が顕著となっている[ii]。他方、企業規模はさらに小さくなるが30人未満の事業所では、せっかく就職しても大卒者が2年以内に4割程度離職している現状がある[iii]。地域企業にとっての人手不足は、若者からみれば、地域に魅力的な職場や仕事が不足しているという評価ともいえるだろう。
「プロフェッショナル人材事業」のスキームの狙いと仕組み
内閣府では、前述の「地域しごと問題」を解消しつつ、地域経済を牽引する地域企業の成長を後押しするため、平成27年度より「プロフェッショナル人材事業」(以下、当該事業)をスタートさせた。
当該事業では潜在成長力のある地域企業に対し、プロフェッショナル人材(以下、プロ人材=「地域企業の経営者の参謀として、新たな商品・サービスの開発、その販売の開拓や、個々のサービスの生産性向上などの取組を通じて、企業の成長戦略を具現化していく人材」)の採用支援活動を行う「プロフェッショナル人材戦略拠点」を東京都以外の全国46道府県に設置した。
この拠点には、知事からの委嘱を受けたマネジャー1名と数名のサブマネジャー等が在籍している。各拠点は、地域企業の経営者に個別に接触し、経営者の「攻めの経営」を促していくことがミッションだ。「攻めの経営」を具現化するために必要な、プロ人材に対するニーズが出てくれば、拠点はそのニーズを人材市場に発信し、拠点に登録されている人材紹介事業者を通じて地域企業とプロ人材がマッチングされるという流れだ。
(出典:プロフェッショナル人材戦略ポータルサイト(平成30年6月末現在))
経営課題に紐づくミッションの掘り起こしが奏功~3,300件超のマッチングが成立~
事業本格稼働から2年半強の平成30年5月時点において、すでに約2万5,000件の経営層からの相談件数があり、3,300件を越える地域企業とプロ人材のマッチングが成立している。
経営者との膝詰めでの面談による「攻めの経営」への後押しによって、都心部を中心としたビジネスプロフェッショナルがチャレンジしたくなるような「ミッション」が浮かび上がり、経験や資格といった求人スペックのみでないマッチングが誕生している。この「ミッション」の言語化と発信が、当該事業の進展の原動力ともなっている。地域企業からの具体的なニーズは次のようなものだ。
ここでいう「攻めの経営」を具現化する「ミッション」とは、例えば経営者を支える参謀として企業マネジメントに携わる「経営管理」や、新規事業・海外現地事業立ち上げなど企業の新事業分野を開拓する「販路拡大」「事業分野拡張」、開発や生産等の現場で新たな価値(新たな製品開発、生産工程の見直し等)を生み出すことのできる「生産性向上」などを指している。
(内閣府「プロフェッショナル人材戦略事業」事例集より作成)
(出典:プロフェッショナル人材戦略ポータルサイト(平成30年6月末現在))
新たな可能性:大企業人材の出向・研修による人材交流
地域企業がプロ人材を渇望する相談の声は制度の浸透とともに、年々高まっている。ところが、そのような地域からの圧倒的な人材ニーズに対して、都市部からの人材供給が追い付いていない状況だ。
そうした中、人材紹介会社の”転職”経路に続く第2のルートとして、新たな可能性として注目されているのが大企業からの出向・研修・副業・兼業等による還流ルートである。平成30年6月時点ですでに33社とパートナーシップを結んでおり、役職定年前後の人材活用、中堅の経験蓄積目的、親の介護支援のため地元に戻りたい人材の活用など、大企業の取組目的は様々だ。
大企業人材が促す地域企業の成長
大企業連携開始から2年ほど経た平成30年4月現在、43件の成約事例が出ている。例えば鳥取県のA社では、グローバル化への対応を進めている中、社長を長年支えてきたCFO(技術分野以外の経営を担当)が高齢のため退任したことで、経営戦略の立案や実行ができる人材の獲得が急務となっていた。こうした人材確保にむけて中途採用に数年取り組んでいたものの、人材の応募は芳しくなかった。
そんな中、パートナーシップを結んでいる大企業でこれまで海外事業責任者や子会社代表取締役を経験した人材のマッチングに成功した。「海外勤務経験が長く、場所は不問。これまで培った経営経験・グローバルマネジメント知見を活かし、企業成長の礎となれるような仕事内容を希望」という本人の意向とも合致し、現在企業改革に着手している。
また、福井県のB社では人事総務等を担当する中核人材が不在となり、専門知識を有する経験豊富な人材が必要となった。人材不足の労働需給状況のなか、専門人材の中途採用は難しいと諦めかけていた矢先、大企業から人事総務経験のある50歳代のプロ人材の出向が決まった。
特筆すべきはこの大企業側の対応だ。大企業側の人事責任者が数度にわたり受け入れ側の企業と面会。社長のビジョンや人柄はもちろん、社員の様子や会社・工場内の隅々にわたるまで確認して初めて本人との面談を設定し出向成約に至った。現在、入社半年も経たないうちに社内稟議フローの改善や5S浸透、部門別採算の導入などを実施し、次々と企業に変化をもたらしているという。大企業側の個別丁寧な対応こそがミスマッチを緩和し、受け入れ企業・本人・送り出し企業の三者ともにWin-Winになれるような人材還流を実現すると考えられる。
このように良質な事例が生まれ始めており、地域企業と大企業双方のニーズが合致することも分かってきた。もっとも、今後拡大していくためには、大企業内部での制度整備や運用ノウハウの蓄積が必要となりそうだ。
また、大企業在籍人材も、いきなり地域企業への挑戦(出向)の前に、そのような決断に至るまでへの準備期間、すなわち一歩踏み出す仕掛けづくりも必要となりそうだ。プロボノのような自らの専門知識や技能を生かした社会貢献活動等への取組も自身のキャリア観を見つめなおす契機となるだろう。
多様な人材を多様な形態で確保
地域企業にワークシフトする政府の取組は加速している。経済産業省・中小企業庁では、昨年度の「人生100年構想会議」を踏まえ、「わが国産業における人材力強化に向けた研究会」で中小企業が多様な人材を多様な形態で活用するモデル構築が急務であると提言。
今年度「中核人材確保スキーム事業」をスタートさせる(事業特設WEBサイト「中核人材をつかむ、経営のイノベーション」)。これまでの政府の取組経緯については、第2回寄稿「働き方の枠組みが変わる ~働き方改革最前線の現場から~【2】」をご参照。
これは、中小企業が多様な人材(大企業在籍人材、シニアOB、フリーランス等)を、多様な形態で活用できる、すなわちフルタイム雇用のみならず、業務委託も含めた兼業・複業(副業)などのプロジェクト型(期間限定)での活用が出来るように、仲介支援者による新たな人材確保支援スキームの有効性等を実証することを目的とした事業である。
全国で、新たな人材確保支援スキームに取り組む7団体が実証機関として採択されている。実証機関は、地方大学や地域金融機関、地域の産業振興機関やNPO、人材ビジネス会社など多様な顔ぶれが並ぶ。まだ、取組は緒についたばかりであるが、圧倒的な「求人難」時代に入ったわが国において、それぞれの取組プロセスにおいて得られる知見やノウハウは、今後の他の地域での横展開や政策支援を検討する際に貴重なものとなることであろう。
[i]総務省「住民基本台帳人口移動報告」平成27年(2015年)
[ii]リクルートワークス研究所「第33回ワークス大卒求人倍率調査(2017年卒)」
[iii]厚生労働省「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」
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