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越境学習研究者が説く、2枚目の名刺の学びを1枚目の名刺で活かす3ステップ【導入編】

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昨今、次第に広がりつつあるパラレルキャリアの醍醐味の一つは「職場外の活動で学んだことを、職場の仕事で活かす」というように、複数の活動の間で学びのシナジーが起こることです。しかしこのシナジーを起こすことは、実は簡単なことではなく、多くのパラレルキャリアの実践者が苦労していることでもあります。

本稿では、そんな「パラレルキャリアに挑戦してみたけど、どうやってその学びを職場で活かせばいいの?」とお悩みの読者の方に向けて、パラレルキャリア研究者である筆者の研究をもとに、学びのシナジーを起こしていく方法をご紹介します。この「3つのステップ」によって、読者の皆さんのキャリアがより刺激的で充実したものになれば幸いです。

今回は導入編として、パラレルキャリアにおける学びとその効果、そして難しさについてお伝えします。

1.パラレルキャリアにおける学び、越境学習とは?

パラレルキャリアにおける学びとして「越境学習」という言葉も注目されてきています。越境学習とは簡単に言えば、「普段自分がいるコミュニティ”ではない”コミュニティでの経験から学ぶこと」です。普段自分がいるコミュニティとは例えば普段の職場です。本稿ではこれを「1枚目の(名刺の)コミュニティ」と呼ぶことにします。そうではないコミュニティとは例えば、副業やプロボノ、社会人大学院、有志勉強会などの活動です。本稿ではこれを「2枚目の(名刺の)コミュニティ」と呼ぶことにします。

越境学習で起こる学びには、主に2種類あります。一つは「知識に関する学び」、もう一つは「自分自身に関する学び」です。

「知識に関する学び」とは、2枚目のコミュニティで新たに知ったこと(1枚目のコミュニティには無かった仕事のやり方や情報、人脈など)を、1枚目のコミュニティに持ち帰って活かすことです。

例えば、プロボノとして参加しているNPO団体での仕事のやり方(フレームワーク、コミュニケーションの進め方、使用するツールなど)を、自分の職場でも活用できると考え、それを職場メンバーに紹介して試してみる、といった行動です。また逆に、職場での仕事のやり方をプロボノ先のNPO団体に紹介して試してみる、ということも可能です。パラレルキャリアの実践者が、複数のコミュニティの間で知識を仲介してやりとりすることから、この「知識に関する学び」は「知識の仲介」と言われています。

もう一つの「自分自身に関する学び」とは、2枚目のコミュニティでの活動を通じて、自分のアイデンティティ(自分自身がどんな人であるのか?という自分の考え)が明確になる、または変化するということです。普段自分がいるコミュニティ”ではない”コミュニティでは、普段の自分(たち)とは異なる考え方や価値観に触れることがあります。そうすることで、改めて自分自身の考え方や価値観を内省して意識したり、さらには2枚目のコミュニティの価値観に影響されて、自分の考え方や価値観が変化することもあります。

例えば、自分(または自分が普段いる職場)はこれまで「失敗は許さない、許されない」という考え方を持っていたのに対して、副業で手伝っているベンチャー企業で「早く失敗して、そこから学ぶことが重要」という考え方に触れて、改めて自分の価値観を意識するようになり、次第に自分も「失敗から学ぼう」という考えに変わってくる、といったことです。

このように、パラレルキャリアにおける越境学習には主に2種類ありますが、本稿では「知識に関する学び(知識の仲介)」の方法についてご紹介していきます。しかし筆者の研究では、実はその過程でもう一つの「自分自身に関する学び」も起きているということが示唆されました。

2.キャリア開発にイノベーション…越境学習の効果

パラレルキャリアを実践することによって起こる越境学習は、どのような効果を持つのでしょうか? ここでは2つの効果についてご説明します。

効果① キャリアを自分の意志で作り上げる姿勢

今、人材育成やキャリア開発の分野では、「自分のキャリア形成を会社任せにするのではなく、自分の意思で自ら作り上げていく姿勢」が重要だとされており、「キャリア自律」または「キャリアオーナーシップ」という言葉で注目されています。

実は、パラレルキャリアや越境学習には「キャリア自律」や「キャリアオーナーシップ」を高める効果が期待できます。なぜならば、パラレルキャリアは現在の仕事を続けながらも自分の意思で選んだ2枚目の名刺を持って活動することができ、さらに越境学習の「知識に関する学び(知識の仲介)」で説明したように、2枚目のコミュニティでの学びを一枚目のコミュニティで活かすことができれば、1枚目の仕事でも自分で主体的に変化を起こしていくことができるからです。

例えば、1枚目でサラリーマンを続けながら、2枚目で自分の特技を活かした副業としてセミナー講師を始めてみて、活動を続けているうちに社内でも知られるようになって、1枚目の仕事でも社内研修講師を担当することになった、といった事例もあります。これはパラレルキャリアを活かして自分の意志でキャリアを作り上げたという良い例です。

さらに越境学習の「自分自身に関する学び」も、キャリア自律の姿勢を育むために必要なことだと言われています。なぜならば、自分の意思でキャリアを作り上げるためには、まずは自分の意思を自分自身で知ることが必要だからです。

効果② イノベーションのための「知の探索」

企業がイノベーションを起こしていくためには、「知の探索(組織が、知識と別の知識の新たな組み合わせを探すこと)」と「知の深化(組織が、知識を深め、それに熟達していくこと)」の両方が必要です。その中でも、日本の企業では一般的に「知の探索」が不足しがちだと言われています。

パラレルキャリアや越境学習は「知の探索」を促進する効果も期待できます。なぜならば、越境学習の「知識に関する学び(知識の仲介)」によって2枚目のコミュニティでの学びを1枚目のコミュニティで活かすことができれば、組織は越境する人を通じて、組織外の新しい知識を取り入れることができるからです。

例えば、プロボノで参画しているNPOで学んだ世界のゴミ廃棄問題に関する知識を会社に持って帰り、会社のクリーンなサプライチェーンへの変革プロジェクトにその知識を活かすといった事例もあります。

このように、異なる組織間で知識や情報、人脈などをつないでイノベーションを誘発させる人材は、イノベーション研究の分野では「ゲートキーパー」「バウンダリースパナー」「ナレッジブローカー」「ストラクチュアルホール」などと呼ばれ、様々な角度から研究が進んでいます。

以上のように、パラレルキャリアを実践し、2枚目のコミュニティでの学びを一枚目のコミュニティで活かすことによって、個人はキャリアを主体的に作っていくことにつながり、組織はイノベーションのための新たな知識を得ることにつながります。

そして、越境学習は「2枚目のコミュニティでの学びを1枚目のコミュニティで活かす」の一方通行ではなく、「1枚目のコミュニティでの学びを2枚目のコミュニティで活かす」ことも可能です。上手くいけば、「2枚目の学びを1枚目で活かす→(その実践の結果)1枚目の学びを2枚目で活かす→(その実践の結果)再度2枚目の学びを1枚目で活かす→……というように、学びと実践のサイクルが、2枚目のコミュニティと1枚目のコミュニティの間を相互に回っていくことになります。

越境学習の実践者は、コミュニティから別のコミュニティへ新たな知識を運んでイノベーションを促しながら、自分自身も自由なキャリアを作り上げていきます。

3.実は一筋縄ではいかない!?越境学習を阻む壁

キャリア形成にもイノベーションにもつながる可能性を持つパラレルキャリア・越境学習ですが、パラレルキャリアさえ始めればそれらが全て得られる、ということではありません。実際はパラレルキャリアを始めたとしても、越境学習の機会を上手く活用することが、実は難しいという事実があります。

NPO法人 二枚目の名刺が2017年に調査した「大企業勤務者の副業に関する意識調査」によれば、副業をしている社会人206人のうち、副業を始めることを職場の上司に伝えている人は15.5%、職場の同僚に伝えている人は22.3%しかいないというのです。

(出典「大企業勤務者の副業に関する意識調査」NPO法人二枚目の名刺, 2017)

せっかく社外に出て貴重な学びを得たとしても、多くの人がそれを職場では言い出せず、学びの活用機会を逃してしまっているという状況があるようです。越境学習は本来、個人にとっても組織にとってもメリットがあるはずなのに、多くの人と組織がその機会を逃しているという状況は、とてももったいないと思いませんか?

なぜ、このような状況になってしまっているのでしょうか? 実は越境学習には、一筋縄ではいかない壁が2つあると言われています。

壁① 職場外の知識に、職場メンバーが反発する

1つ目の壁は、職場外で学んだことを職場に持ち込もうとした時に、職場のメンバーから反発を受けることです(これを「迫害」と言います)。

なぜ反発を受けるのかというと、職場には、すでにそこで共有されている考え方や価値観があります。職場外で学んだことは、その職場とは別の考え方や価値観に基づいている可能性があります。職場外で学んだ人がその知識を職場に持ってくると、「これまでとは違った考え方」「自分たちとは違う考え方」だと受け止められ、職場メンバーはそれを簡単には受け入れてくれません。

例えば、社会人大学院でデザイン思考を学んだ人が、職場のプロジェクトでそれを実践しようとして、打合せの場で「デザイン思考で考えてみませんか? まずはユーザー・オブザベーションから始めましょう」と職場の人たちには馴染みのない言葉や考え方を提案したとします。しかしその職場では調査会社のレポートをもとに検討することが”当たり前”だとしたら、その人の提案は従来の職場の考え方とは全く異なるものであるため、その人はおそらく、同僚たちから「大学院に行って、かぶれたんじゃない?笑」といった冷めた反応を受けることでしょう。

せっかく良かれと思って新しい知識を紹介したのに、こんな酷い反応が帰ってきたらがっかりしますよね。その人はこのような経験をして「もう、大学院で学んだことは言わないでおこう」と思うかもしれません。

壁② 職場に戻ると、学びとやる気が薄れていく

2つ目の壁は、越境で得た学びと「学びを活用しよう!」というモチベーションが、職場に戻って日々の業務を淡々とこなすことに埋もれていくうちに、だんだんと薄れていってしまうことです(これを「体験の風化」と言います)。

普段味わうことのない刺激的な体験を2枚目のコミュニティで経験し、直後はその学びとモチベーションが高いわけですが、1枚目のコミュニティに戻ってしまえば、そこは普段と変わりばえのしない日常が待っています。その日常業務をこなしているうちに、いわゆる「忘却曲線(時間とともに学びが忘れ去られること)」を下っていく、というわけです。

例えば、会社の研修などで新しいことを学んで「これはいい!職場で試してみよう!」とその場では思ったとしても、次の日に日常業務に帰ってみたら、昨日の研修のことはすっかり忘れて業務に忙殺される、といった経験をしたことはないでしょうか?

このようにして、職場の外に学びに出た人も、職場に持ち帰ると反発を受けてしまうことや、学びが日常に埋没して忘れ去られることなどの障壁によって、せっかくの貴重な学びを活用する機会を失ってしまうのです。

以上でご説明したように、越境学習には個人にも組織にも良い効果が期待できる反面、いくつかの問題が越境学習を阻害しています。

どうすれば、越境学習を阻む障壁を解決し、個人のキャリア形成と組織のイノベーションを促進できるのでしょうか? 筆者はこの問題に研究者として取り組み、「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす方法」を開発しました。次回はその方法についてご紹介したいと思います。

>続く(次回は5/5公開予定です)

 

<参考文献>

・石山恒貴 (2013) “実践共同体のブローカーによる、企業外の実践の企業内への還流プロセス”, 経営行動科学, Vol.26
・石山恒貴 (2018) 『越境的学習のメカニズム』, 福村出版
・入山章栄 (2015) “「両利き」を目指すことこそ、イノベーションの本質である” ダイアモンド社
・NPO法人二枚目の名刺,(2017)  “大企業勤務者の副業に関する意識調査”

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磯村幸太
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慶應義塾大学大学院SDM研究科・研究員/IAF認定プロフェッショナル・ファシリテーター。企業,NPO,自治体等にて、人材・組織開発,オープンイノベーション,社会課題解決等の変革をファシリテーターとして支援する傍ら、大学研究員として人材・組織分野の研究を行っている。  note: https://note.com/kota1106
はしもと ゆふこ
編集者
女性誌出身の編集者。 「人生100年時代」に通用する編集者になるべく、雑誌とWebメディアの両方でキャリアを重ねる。趣味は占い。現在メインで担当するWebメディアで占いコーナーを立ち上げ、そこで独自の占いを発信すべく、日々研究に励んでいる。目標は「占い師」という2枚目の名刺を持つこと。