【復職へのウォーミングアップ】育休中に職業経験を活かしてプロボノに参加。ママたちが越境体験で得たものとは
ここ数年の保活激戦化とも大きく関連するが、出産後も仕事を続ける女性が年々増えている。多くの職場で「育児」と「仕事」を両立している人の割合が徐々に増えているのだ。それなのに依然仕事の現場においては、「仕事」と「育児」という2枚の名刺を持つワーキングマザーのマイノリティ感が否めない。育休はキャリアにおけるブランクとも捉えられがちだ。
でも、育休は本当にブランクなのだろうか。キャリアにおいても、人生においても、育休がプラスに転じることはないのだろうか。
育休から復職に向けてのウォーミングアップとして、NPO法人サービスグラントが主催している「ママボノ」。「育休・離職のブランクをプラスに!」というテーマのもとで実施された2016年度ママボノ報告会が2017年2月25日に日本財団ビルで行われた。そこで語られたママボノ参加者と支援先のNPO団体、ママボノに携わる人たちの声を紹介しょう。「育休」の捉え方、そして「育児」と「仕事」を両立することの捉え方が少し変わるかもしれない。
●NPO法人サービスグラントとは
●プロボノとは
●ママボノとは
子ども同伴で参加できるママたちの活躍の場
報告会の会場に一歩足を踏み入れると、あちらこちらから子どもの声が聞こえ、ママたちが押してきたのであろうベビーカーも目に入る。報告会に来場する人の多くが2016年度のママボノ参加者で、0~2歳くらいの子どもと同伴で来ている。イスが整然と並べられた会議室の一角にはフロアマットを敷いたキッズスペースも用意され、見守りスタッフもいる。ママボノは気負わずに子ども同伴で参加できるプロジェクトなのだ。
まず初めに、NPOサービスグラントのスタッフから、ママボノの紹介と2016年度ママボノの実施要項が説明された。このママボノは2016年10月25日のオリエンテーションを皮切りに、11月11日にキックオフミーティングが行われ、そこから12月7日の成果提案までのわずか2カ月弱の間に実施されたものである。東京で10チーム、大阪で2チームが立ち上がり、育休取得中の人だけでなく、妊娠・出産を機に一旦離職した人が再就職に向けて参加した例もあった。
参加者と支援先の「つながり」という成果物も
続いて、実施された12プロジェクトの中から、「せたがやチャイルドライン」と「NPO法人GEWEL」の2つのプロジェクトの結果報告が行われた。
「せたがやチャイルドライン」は1996年に開催されたいじめ問題を考えるシンポジウムをきっかけに、子どもをサポートする手段の一つとして誕生した団体だ。全国共通のフリーダイヤルのほか、せたがや専用の番号を持ち、子どもの声を受け止めている。
今回のプロジェクトでは、電話を受ける、寄付をするなど様々な形でチャイルドラインのサポートをする「団体応援」募集のためのリーフレットのリニューアルに着手。無事に成果物を納品することができたようだ。
「NPO法人GEWEL」は、女性に限らず多様な個性を持った人たちが活躍するダイバーシティ&インクルージョンの推進活動と女性リーダーの育成支援に取り組む団体。
設立から10年が経つのを機に、団体の活動の方向性の再構築が行われたが、その新しい方向性がターゲット層であるワーキングマザーに届くものなのか、ニーズを明確化するためのマーケティング調査がプロジェクトチームに依頼された。
この依頼内容に対し、メンバー自身も含めた47名のワーキングマザーの声を収集し、情報をまとめ、分析を実施。提案の補足資料は60ページを超える大作に仕上がったようだ。
いずれのチームも7名でプロジェクトを進行。限られた時間でたびたび顔を合わせることが難しいメンバーが共同作業をするために、SNSやメーリングリスト、ビデオチャットなどを活用したようだ。「リモートワークでここまでできることがわかったのが大きな収穫」と話した参加者もいた。また、異なる業種でキャリアを積んできたチームメンバーと共同で作業を行ったことが、自分自身のキャリアに大いにプラスになったという声が登壇した参加者から聞かれた。
報告会の中で筆者の印象に残ったのは、各支援先団体の方からの言葉だ。
「せたがやチャイルドライン」の運営委員長である星野さんは「赤ちゃんを抱っこしたママたちが事務局に来てくれると、まわりの雰囲気が華やぐ」と。さらに、受け取った成果物についてこうつけ加えた。
星野さん:「最大の成果物は“縁”ができたことです。せたがやのボロ市にチャイルドラインがお店を出したときにも、プロジェクトのメンバーを“遊びに来ない?”とお誘いしたら、みなさん来てくれたんです。世田谷以外にたくさん家族ができたような、大きな大きな成果物をいただきました」
また、「GEWEL」の村松さんはかなり詳細かつボリュームのある報告書を受け取り、感じたことがあったという。
村松さん:「こんなに能力もスキルもモチベーションもある方たちが、ただ時間に制約があるというだけで、仕事のチャンスが狭まっているのだと思うと残念でなりません。この方たちを活かせない、日本の社会と企業に対して怒りがふつふつとわきました」
どちらの言葉からも「ママ」である女性たちを心から肯定し、受け入れ、応援してくれていることがわかる。私も子どもを育てながら働いているが、聞きながら心が熱くなった。
育休を「ブランク」と感じさせる社会への憤り
休憩を挟んでのパネルディスカッションでは、「育休などの一時的なブランクを経て復職し、活き活きと働くために」をテーマに熱い議論が交わされた。
【パネリスト】
ママボノを取材した縁から登壇した唯一の男性、日本経済新聞社の桜井陽さん。
過去にママボノ参加経験を持ち、株式会社リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所で、育休についての研究をしている藤澤理恵さん。
2016年度のママボノ参加者であり、NTTデータシステム技術株式会社で人材育成を担当。社員研修としてプロボノを取り入れているという矢部いづみさん。
2016年度ママボノの支援先で、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する、NPO法人GEWEL代表理事の村松邦子さん。
桜井さんは、ママボノの取材を通じて感じたことを次のように語る。
桜井さん:「何より驚いたのは、プロジェクトが実施される短い期間に、参加者の間にネットワークがつくられる速さとその深さ。あれは自分の会社人生では決して体験できないものだと思いました。ママボノに参加できる方たちが、正直うらやましいです」
また、矢部さんは企業の人材育成担当者としてコメント。
矢部さん:「育休を取得する側も企業側も、育休がマイナスであることが前提の上で、マイナスの度合いをいかに減らそうかと思考を巡らせています。でも、ママボノを体験してマイナスどころかプラスになる期間だと実感しました。企業研修で、1日2日のOff-JT(Off theJob Training=仕事を離れた場での訓練)をやっても身に付かないことが多いのですが、ママボノで少し長い期間をかければ、スキルを身に着け、行動変革までできてしまう」
村松さんは、「育休・離職のブランクをプラスに!」という報告会のテーマ設定に疑問を投げかけた。
村松さん:「育休や離職をブランクにさせている社会に怒りが沸いてしまって(笑)。新しい生命が誕生し、育てていく期間なのですから、本来はどっぷりそれを楽しんでもらいたい。でも、今は女性に対して求められるものが多すぎて、復職に向けてキャリアップしなければいけないという不安感が煽られてしまう実情があるのでしょう。ただ、ママボノはその不安を解消することや復帰に向けた自信をつけるために、とても意味があると感じます」
育休取得でワークとノンワークの越境体験ができる
最後に、育休について研究を続ける藤澤さんは「離れることはポジティブ」と述べた。
藤澤さん:「仕事を離れることは、境界を超える経験をすることと同義です。ワークとノンワーク、ビジネスとソーシャルなど文脈の違う世界を出入りすることで、見えてくることがたくさんあります。育児休業とは、組織の一員であり続けながら、一旦組織を離れて、育児という異文化のプロジェクトに参加する経験。ママボノ参加者はさらにソーシャルという別の世界に越境しているんです」
そして、「どうか個人的に傷つかないで」と藤澤さんは強調。
藤澤さん:「うまくいかないこと、つらいこと、大事にされていないのではないかと感じることが復職するとあるかもしれません。そんなときに、自分が社会環境の中で翻弄されているのだと、俯瞰して見ていただきたい。そうすることで、今は大きな波の中にあるために、さまざまな出来事が起こっているのであって、それらに対して個人的に傷つく必要がないとわかるはずです」
ママボノ参加者の中には、「育休を取得すること」や「子どもを持ちながら働くこと」に何らかの不安を感じている人たちもいる。藤澤さんが「私たちが経験した痛みや弱みはつながる力になる。つながる力は大きなスキルになる」と語っていたが、ママたちの団結力はそこから来るのだと実感した。
さらにそこに、育休という貴重な時間を有効に活用したい、今しかできない経験をしたいというポジティブなパワーが加わり、より大きな化学変化を生み出したと言えるだろう。
わずか2カ月足らずのプロジェクトながら、参加したママたちの間に固い絆が生まれ、大きな満足感を得られたことが、片手に「完了証」を、もう片手に赤ちゃんを抱きながら満面の笑みで記念写真を撮るママたちの姿から伝わってきた。
※ママボノは2017年も始動予定。詳細は決まり次第サービスグラントのHPに掲載されます。
ライター
編集者
カメラマン