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がん治療をしながら働く会社員が立ち上げた「LAVENDER RING」。がんになっても笑顔で暮らせる日本社会に

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生涯、日本人の2人に1人の割合でがんになると言われている。自分だけでなく、配偶者や親、子どもなどの家族、職場の仲間や友人などががんになる可能性は多いにある。

「一生のうちに『がんと全く関係のない人生』を送れる人は、ほとんどいないと思います。がんは当事者だけでなく、すべての人にとって考えるべき問題なんです」

そう語るのは、ご自身もがんサバイバー(がんの診断を受けた人)である御園生泰明さん。広告会社に勤めながら仕事と治療を両立させ、がん患者とそうでない人がともに笑顔で暮らせる社会をつくるための運動をおこなう団体・LAVENDER RINGの立ち上げメンバーでもある。

今回は御園生さんに、LAVENDER RINGの立ち上げの経緯やこれまでの活動内容、今後の目標などについてお話をうかがう。

3分の1の社会人が会社を辞める現実

御園生さんは2015年に、会社の健康診断で肺腺がんであることが判明。仕事に家庭に、忙しくも充実した日常生活を送っていた最中だった。

当時の上司・月村寛之さんに相談したところ、月村さんは、御園生さんの写真に「FIGHT TOGETHER」というコピーをつけたステッカーをつくり、自分のパソコンに貼ったり他の人に配ったりするなどの方法で、御園生さんの病気をストレスなく周囲に知らせ、支えてくれた。

現在御園生さんは、会社員として基本的にはフルタイムで働きながら、3週間に1回のペースで抗がん剤治療を受ける生活をおくる。

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「1回治療をすると、副作用のためそこから10日間くらいは倦怠感などがあり、仕事のパフォーマンスも落ちます。なので、会社の共有カレンダーに抗がん剤治療の日を入れ、部署のメンバーに見えるようにしています。そうすることで周囲も理解してくれ、結果として、最大限のパフォーマンスを発揮しやすい状況がつくれています。

僕はがんになったとき、『心身ともに働ける状態だし、働きたい。でも、働けないときもあるかもしれない』と上司に伝えました。自分がどうしていきたいかをきちんと職場と共有することは、必要だと思いましたね」

しかし、がんについて調べたり、がんの当事者と知り合ったりしていく中で、ある問題に気づく。

「僕の場合は幸い上司や職場に恵まれましたが、社会人ががんになると、約3分の1が会社を退職してしまうと知りました。『病気だから』と周囲が過剰に配慮して仕事を取り上げたり、『がんになったらすぐ死んでしまう』『もう働けない』という誤解が、本人にも職場にもあったり。結果として、就労しないことで社会との接点が減り、生きがいや気力をなくしてしまう。

医療が発展し、がんと共存しやすい時代になってきているとはいえ、多くの人ががんをきっかけに仕事を辞め、未来に希望を持てない気持ちになっている現状がある。その人たちを、何かしらの方法で助けることができないかなと思いました。

また、がんになってから、湘南ベルマーレフットサルクラブの久光重貴さんという現役の選手が、抗がん剤治療をしながら毎日練習をしていることを知り『こんなにがんばっている人がいるのなら、自分も働けるはずだ』と、すごく希望の光になったんです。しかしながら、『がんになっても元気な人がいる』ということを知らない人はけっこう多い。その事実を世の中に発信していけば、がんサバイバーに勇気を与えることができるし、周囲の人も『がんって、思っていたイメージと違うんだ』とわかるのではないかと思ったんです。

僕は肺腺がんのステージ4ですが、5年生存率はひと桁台というデータが出ていて、基本的に『死』が目の前にあります。そこで考えたのは、自分の人生の価値や、何のために生まれてきたのだろうということ。人生で自分の幸せを追求することはもちろん大切ですが、果たして自分だけがよければいいのか、と思って。社会課題を自分なりに解決し、自分だけでなく周囲の人たちも幸せにすることができないかな、と考えました

自身の本業を活かした支援団体

自身のがんを通じて、社会の認識を変えたいと考えた御園生さん。がんが判明してから約2年後の2017年に、LAVENDER RINGを立ち上げる。

LAVENDER RINGの活動には、トークイベントやキッズワークショップ、がんと共生する社会をデザインするサービスやアイデアの表彰などがある。メインの取り組みは、がんサバイバーにプロのヘアメイクと写真撮影をおこない、本人のメッセージを入れてポスターにする「MAKEUP&PHOTOS」だ。

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広告会社という仕事柄、『伝える』ことはわりと得意なので、これまで培ってきたものを活かせないかと考えました。月村に相談したところ『やろう』と言ってくれて、社内外に声をかけてメンバーを集めてくれました。打ち合わせをおこなう中で、『MAKEUP&PHOTOS』の原型ができていきました。メンバーには、社内のアートディレクターで本業でも医療の領域にクリエイティブの力で貢献している人間や、社外のデザイン事務所の方で、悪性リンパ腫の経験者で現在は寛解された方もいます。

ちょうど同時期に、僕の主治医でもある国立がん研究センター中央病院の呼吸器内科の医師で、NPO法人キャンサーネットジャパンの理事をされている後藤悌先生から『キャンサーネットジャパンをより良くしていく方法はないか』という相談を受けていました。

キャンサーネットジャパンは『ジャパンキャンサーフォーラム』という、がん患者が参加する日本で一番大きながんのイベントを主催しているのですが、がん治療に関する情報を講義形式で教えるイベントであると同時に、がんの当事者同士が1年に1回、仲間と顔を合わせる機会でもあると知りました。そこで、『イベントの中にエンターテインメント性があった方がみんな喜ぶのではないか?』と考え、MAKEUP&PHOTOSをイベントのコンテンツに入れてはどうかと提案したんです」

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LAVENDER RINGのメンバー。写真後列の右から四番目が、LAVENDER RINGをともに立ち上げた月村寛之さん。(写真=御園生さん提供)

参加者、運営者、社会の三者に変化をもたらす「MAKEUP&PHOTOS」

2017年8月のジャパンキャンサーフォーラムで、第一回目のMAKEUP&PHOTOSを実施。多くの応募があり、その中から40名程度のがんサバイバーの撮影をおこなった。

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MAKEUP&PHOTOSの撮影の様子。(写真=御園生さん提供)

それから現在(2018年11月)までに、累計150名程度のがんサバイバーの撮影をおこなっている。ヘアメイクや運営などを担当するボランティアの大半は資生堂の社員だ。LAVENDER RINGのコアメンバーは10名程度だが、ボランティアなどの人数は、これまでに200人を超えるという。

「資生堂に勤める月村の友人に、僕と月村で『こういう企画をやりたいんだけれど協力してくれないか』と相談したところ快くご賛同いただき、その日のうちに役員まで話をあげてくれて、スピーディーに動き出しました。フォトグラファーも、資生堂の中でもトップのフォトグラファーである、金澤正人さんにご担当いただけることになりました。

また、資生堂にはライフクオリティービューティーセンターという組織があり、がんサバイバーにメイクを施す取り組みをしています。がん治療をしていると、顔の右半分が動かなくなってしまったり、シミやニキビができてしまったりと見た目の変化に悩む患者さんが多く、精神的にダメージを受けて外出できなくなり、気持ちだけでなく体力も落ちてしまう方が少なくないんです。センターで働く方々からも『ぜひ協力したい』と言っていただきました」

ボランティアに参加した資生堂の社員からは、「業界に入ったときの志を思い出した」「ヘアメイクという本業のスキルを活かして貢献できてよかった」「自分たちの存在意義を再確認できた」などの声があるという。

MAKEUP&PHOTOSの参加者からは、「勇気を出して参加して本当に良かった」「元気が出た」「自分の人生を楽しめるようになった」などの声があるそうだ。撮影対象のがんサバイバーには、現在熱中していることをポスターに書いてもらう。写真撮影を通じて、結果として自分の生き方と向き合うことになる。

当事者側と運営者側の両方に前向きな変化を与え、社会に変化を促す「MAKEUP&PHOTOS」。たくさんの協力者を得ることができているのは、それが多くの人の心を動かす活動であるからではないだろうか。

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撮影された写真はその場でポスターとして現像され、会場に展示される。(写真=御園生さん提供)

メッセージを効果的に伝えるために

がんサバイバーの支援団体などは多く存在するが、LAVENDER RINGの役割は、どこにあるのだろうか。

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「がんに関する有益な情報やネットワークなどはすでに世の中にあるのですが閉鎖的で、知られていない部分が多い。僕たちの役割は、社会を変えるためのメッセージを伝わりやすい表現で伝え、社会との接点をつくることだと思います。

僕らが目指す社会をつくるためには、『がんの人たちをサポートしながら、みんなで共存していく社会にしていこう』と、ひとりでも多くの人に思ってもらえることが必要です。そのためにも、ポスターのクオリティーには妥協したくなかった。社内外のクリエイターに加え、広告制作でもトップの実績を誇る資生堂さんの協力があるからこそ、結果として僕たちが伝えたいメッセージをより多くの人に届けることができているのだと思います」

社会を変えるためのメッセージをきちんと世の中に発信するために、その出来には徹底してこだわる。これまで本業に邁進し、病気をきっかけに本気で世の中を変えたいと願う御園生さんだからこそ、そのような発想と行動力につながったのだろう。

「価値観の多様性」に気づけた

精力的に活動をおこなうLAVENDER RING。今後の目標について聞いてみた。

「もっと多くの人に、MAKEUP&PHOTOSに参加してもらえるようにしたいですね。過去には東京・大阪などで実施してきましたが、今後は名古屋や秋田などで出張開催の予定もありますし、いずれは海外でも実施したいです。来年の2月4日は『世界がんデー』なので、そこでもイベントをできたらと考えています。

最終的には、『がんになってもイキイキと暮らせる社会を目指す』というメッセージ自体を発信する必要がなくなり、世の中の認識が『そんなの当たり前じゃん』というふうになるのが目標ですね

御園生さんは、がんになったことやLAVENDER RINGの活動を通じて、自身の考え方が大きく変わったという。

『価値観の多様性』を、心から理解できるようになりました。がんになる前は『自分の価値観が正しい』とどこかで思っていて、他人を認めることができていなかった。がんになってさまざまな人と出会う中で、いろんな生き方があることを知りました。それまでは寝る時間もほとんどなく仕事一筋で、それがいいと思っていた。今でも仕事は好きですが、人生に求めるものや人生の楽しみ方は人それぞれで、仕事はひとつの側面でしかないのだと思うようになりました。

LAVENDER RINGの活動を通じて、社会に貢献できていることが嬉しく、満足感や自己肯定感を得られるようになりました。昔から『自分なりのやり方で社会の役に立ちたい』という想いは漠然とありましたが、僕の場合はがんをきっかけに、それを形にできました。

また、今は昔に比べて広告の影響力が減ってきていて、広告自体にネガティブなイメージを持たれることもあります。僕はこの業界が大好きですし、広告が社会から『いらないもの』と思われるのがイヤで、活動を通じて、広告の社会的価値を再規定したいという想いもあります」

制度だけでなく「人」が変わる必要がある

最後に、御園生さんからメッセージをいただいた。

「昔に比べ、がんサバイバーが働きやすい制度はだいぶ普及してきていますが、制度を運用するのは人ですから、運用する側の理解や配慮はどうしても必要になってくる。そのため、がんに対する誤った認識を、改めてもらう必要があると考えています。制度さえあれば、社会が勝手に変わるというわけではないですから。

『自分の病気の経験を何かに役立てたい』『がんなどの病気の人たちのために何かしたい』という方は、すでにある団体にボランティアなどで参加して2枚目の名刺を持つことも、社会を変え、世の中を良くしていくためのひとつの方法だと思います」

がんと闘いながらも、社会を変えるためにできることをおこなう御園生さん。LAVENDER RINGの活動は多くのがんサバイバーを元気づけ、社会の認識を変えていく大きなきっかけとなっていくに違いない。

LAVENDER RINGでは、ボランティアスタッフやコラボレーションのご相談を随時お待ちしています。お問い合わせは、HPのCONTACTからお願いします。

写真:松村宇洋(Pecogram)

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手塚 巧子
ライター
1987年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社勤務等を経て、ライター・編集者として活動中。ビジネス、社会問題、金融、女性・学生向け媒体など、幅広いジャンルにて記事を執筆。小説執筆も行い、短編小説入賞経験あり。