国家公務員×慶應SDM研究者「仕事とシステム思考×デザイン思考の研究。2枚の名刺に懸ける想い」【後編】
国家公務員としてワシントンD.C.に勤務しながら、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)で特別招聘教授を務め、さらに現在、同研究科附属SDM研究所で上席研究員として研究及び教育に当たっている保井俊之(やすいとしゆき)さんの2枚目の名刺ストーリー【後編】。
-1-国家公務員×慶應SDM研究者「保井俊之さんが2枚目の名刺を持つ理由(前編)」
-2-国家公務員×慶應SDM研究者「保井俊之さんが2枚目の名刺を持つ理由(後編)」
-3-システム思考×デザイン思考が地域活性化やソーシャルイノベーションに有効な理由
-4-公務員の越境学習を阻むもの「なぜ行政マンは2枚目の名刺を持ちにくいのか」
複雑な因果を紐解き9.11の原因を探る
9.11のあの日、保井さんはワールドトレードセンターのツインタワーの足元にあるマリオットホテルで行われた会合に出席していた。飛行機が突っ込んできたその現場に居合わせたのだ。逃げている途中に2機目がタワーに突っ込むのを目撃し、たくさんの人が亡くなるのを目の当たりにしている。
保井:「脳みそが半分凍ったような状態が2年ほど続きました。その間、自分はどうしてこのような目に遭わなければならなかったのかということをずっと考えていたのです。そうして自分なりに調べて行くうちに、複雑な因果がぐるぐるぐると回るようにしてつながり、9.11が起こったのだという結論に辿り着きました」
普通の人であれば、「テロリストのせいだ。だからテロリストを成敗し、もう二度とテロが起きないようにしなければならない」といった単純な原因や結論に行き着くのだろう。
しかし保井さんは違った。学生時代に学んだ国際関係論をもとに、なぜ?なぜ?と因数を細分化していくうちに、ソ連軍のアフガニスタン侵攻にまで歴史を遡ることで、一つの解を得ることができたのだ。
保井:「この頃、経済学でも政治学でも他の学問分野でも割り切れない、様々な要素が相互につながり絡み合った複雑な問題に対する解決技法があり、それが“システム思考”と呼ばれているものだということを知りました」
研究・教育者という“2枚目の名刺”を持つ
システム思考の面白さにのめり込み、アメリカで独自に勉強していた保井さんのもとに、慶應義塾大学大学院で教えてみないかという話が舞い込んでくる。
すぐには引き受けられなかったが、日本に帰国後、兼職承認を所属省庁から得て、無給で、土日を使って大学院で教壇に立ちつつ、研究をするという生活が始まった。2008年のことだ。
保井:「“デザイン思考”に出合ったのも2008年頃でした。世界中で起きている複雑な問題を解決する新しいプロセスを見つけるための企画立案を行う学問があると教えてもらったのです」
デザインと聞いて多くの人が思い浮かべるだろうグラフィックデザインやアートデザインというのは、デザインという語に包括される1つの分野でしかない。問題解決プロセスのための企画設計が「デザイン」の持つ本来の意だ。
保井:「持ち込まれた複雑な問題の解決策を企画立案するという、自分が役所でやっていたことと同じではないかと、今度はデザイン思考についての勉強を始めました。そしてシステム×デザイン思考を公共政策分野の問題解決に応用し、2011年に国際基督教大学(ICU)で学位を取得したのです」
平日の日中は公務員の仕事をし、平日の夜と土日を使って兼職承認を得つつ無給で研究と教育をする。気が付けば2枚目の名刺的な生き方を始めていた。
すべての名刺の目的は、人々がより良く生きられること
忙しく働く現代人は、物事を深く突き詰めている余裕がないため、「これはこうだ」とすぐに割り切ろうとしてしまう。
しかし「世の中こんなものだよ」「仕方ないよね」と、3秒で出来る“おまじない”をかけて終わるのではなく、様々なディシプリンを導入し、働きかけていくことで、世の中により良いソリューションを求めていくことができる。
保井:「イデオロギーやドグマで語れることは、エヴィデンスやファクトをベースに一度疑ってみなさい。疑うためのディシプリンをたくさん持っていなさいという、学生の頃に二人の教授に叩き込まれたことがずっと残っているのだと思います」
一見、公務とは関係がないようにも思われるサッカーコーチやシステムデザイン思考の研究及び教育。だがその根底には「複雑な難題を解決したい」という入省当時と同じ想いが、そっくりそのまま流れている。
保井さんの場合、2枚目の名刺を持つというスタイルが、公務員の仕事を意識したことだったのだろうか。
保井:「1枚目の名刺の目的実現のために2枚目3枚目を使っているという意識はありません。でも幸いなことに、私の本業の目的は、人々がより良く生きられることを願うこと。何枚かの名刺で求めているところは、すべて “世の中の幸福”を実現するための手段を得ることなのかもしれません」
より多くの問題解決のための因数を得るツールとしての、“2枚目の名刺”。これは複雑化した現代社会において、世の中を前向きに変えたいと願う公務員、あるいはすべての人が仕事や物事に向き合う際に生きてくるのではないだろうか。
>>次回は、保井さんが慶應SDMのソーシャルイノベーションのためのワークショップを行ってきた理由やその目的を紹介する(9月6日公開予定)。
※このインタビューへの対応および執筆、慶應SDMの研究・教育活動は無報酬で行っており、意見にわたる部分は保井さんの私見です。
ライター
編集者
カメラマン