企業とLGBTをつなぐ商品も。社会人のパラレルキャリアが世の中の変化を生み出すまで
2017年7月22日、神奈川県 葉山の一色海岸。軒を連ねる海の家の一つにある「カラフルカフェon the beach」で、『浴衣星見会』が開催されていた。
このカフェを運営するのは、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ。LGBT*1と言われるレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーを含む、あらゆるセクシュアル・マイノリティの人たちの当事者とアライ(支援者)からなる団体だが、『LGBTの人もそうでない人も関係なく出会いや交流ができる場を作る』ことをコンセプトとして、この葉山でのカフェの運営を2011年から毎年夏に行っている。
二枚目の名刺のNPOサポートプロジェクトでこの団体に参画した新倉智宏(にいくらともひろ)さんと、平野恭子(ひらのきょうこ)さんは、今年のカラフルカフェを盛り上げるためのイベントを企画した。
二人はなぜ、このサポートプロジェクトに参加したのだろうか。またプロジェクトでどのような活動をし、どのような成果を生み出したのだろうか。
参加理由は、自己研鑽と好奇心
新倉さんは大型商業施設を運営する丸井グループに勤務。婦人服売り場からキャリアをスタートし、現在はフィンテック事業で活躍中の21年目。NPOサポートプロジェクトに参加した理由を訊いてみると、こんな答えが返ってきた。
新倉さん:「丸井グループは以前からLGBTをはじめとしたダイバーシティへの取り組みを、企業として推進していました。グッド・エイジング・エールズも仕事の関係で知っていた団体です。ただ、LGBTだ、多様性推進だ、と言われても、今一つピンときていなかった。それはきっと、自分の身近に当事者の方もいないし、そのような方々と密に関わった経験がないからだと思っていたんです。また、自分が社会に対してできることはないかと探してもいました。そんな時にサポートプロジェクトを知り、グッド・エイジング・エールズに関わることができるプロジェクトが立ち上がることを知りました。頭で理解していることと実際に体験して感じることはきっと違うはず。LGBTの知人を作り、直接話をしてみたくて参加しました」
ごく普通に企業勤めをしていると、自然と社外との接点は少なくなりがちだ。新倉さんは、本業である「1枚目の名刺」により真摯に向き合うため、そして社会に新たな価値を生み出すために、グッド・エイジング・エールズのプロジェクトを選び、自己研鑽の目的で参加したという。
一方の平野さんは県立病院で働いている医療事務職員。普段から、休みの日にはイベント検索サイトで見つけた美容系のイベントなどに参加していると言い、二枚目の名刺のCommon Roomがあることも、そのイベント情報サイトで知ったという。
平野さん:「ちょうど熊本地震の復興支援に行った友人の話を聞いたタイミングだったんです。その友人はボランティアの有意義さを教えてくれましたが、私はボランティアをしたことがなかった。楽しそうに話をする友人に対して、私は何も自分の意見を持つことができなかったんです。それで、自分も体験してみたいなと、そう思って参加しました」
いくつかの選択肢の中からグッド・エイジング・エールズのプロジェクトを選んだ理由は、「楽しそうだったから」。興味を持ったことには積極的に参加する平野さんらしい選び方だ。
求められていたのは、「イベントを一緒に楽しむ」こと
3ヵ月のプロジェクトで2人に与えられたお題は、『LGBTへの理解をストレートの人に広げること』。その漠然としたテーマに、プロジェクト前半は悶々した日々が続いたという。二人は当時のことをこう振り返る。
新倉さん:「何かしなきゃとは思っていたのですが、具体的に何をすればいいのか分からなかったんです。団体に対して、自分たちが本業で得たスキルを使ってできることがうまく見つからなくて……」
平野さん:「メンバーと話すことで、LGBTの人たちの価値観は少しずつ知ることができました。でも、団体側が私たちに何を期待しているのかが、今いちよく分からなかったんです」
広告会社・金融・メーカーなどの企業に勤める会社員や司法書士・看護師などの有資格者がプロボノとして活動しているグッド・エイジング・エールズは、一人ひとりの知識やキャリアを活かして団体運営を行っている。その中に飛び込んだ二人が、普段は自分たちと同じように働く社会人の中で、『自分たちにしかできないこと』を見つけることは難しかったようだ。
行き詰まった二人は、グッド・エイジング・エールズの代表・松中権さんと緊急ミーティングを実施した。そこでようやく、自分たちに求められていたのは、ストレートの人だからこそできる「特別なこと」ではないのだと気付いたという。
LGBT当事者だから、ストレートだから、といったことは関係なく、メンバーの一員として、一緒に楽しめる場づくりをすることが求められているのだと。
「LGBTの人だけが集まるイベントではなく、LGBT以外の人も参加しやすいイベントにしよう」
イベントを盛り上げるために、新倉さんと平野さんはそれぞれのアプローチで動き出した。ターゲットは、カラフルカフェの恒例イベント『浴衣星見会』。
ストレートの友人たちとイベントを盛り上げる
平野さんはイベントを盛り上げる一つのコンテンツとして、DJをしている友人に声をかけた。その友人は自身が取り組んでいる社交ダンスのタンゴを広げたいという想いもあり、二つ返事でイベントに協力してくれたという。
平野さん:「彼女は団体やこのイベントの意義に共感してくれて、イベントの参加を快諾してくれました。誘ってくれた音楽仲間の中には、それまでLGBTに関心を持っていなかった人もいたんですよ。葉山の海岸は楽器や音量についての規制もあって、どう盛り上げようかと考えるのは大変でしたが、LGBTとストレートな人が試行錯誤しながら一緒に作り上げることができたと思います」
トランスジェンダーの方も着られる浴衣が誕生
新倉さんは、団体メンバーのある発言がきっかけで、イベントのコンセプトである『浴衣』に着目した。
その一言とは、「自分のサイズに合う浴衣がない人もいる」。
背の高さ、足の大きさ、頭の大きさ。当然のことだが、衣服を買うときに自分に合ったサイズのものであることは大切である。だが、背が高すぎて、あるいは低すぎて、自分にぴったりのサイズがないという悩みを持っている人もいる。LGBT当事者の中では、特にトランスジェンダーの方がその悩みに直面するのだという。
新倉さんは、グッド・エイジング・エールズの松中さんと一緒に、本業先である丸井の担当部署に、浴衣のサイズバリエーションを増やせないかと相談に行った。
(松中さんと新倉さん、丸井グループの社内担当者とのミーティング風景。ここからトントン拍子で企画が進んだ)
本社で検討されたそのアイデアはすぐに採用が決定し、7月22日のイベント当日にはカラフルカフェに大きなサイズ・小さなサイズのレンタル浴衣が並んだ。事前予約制で19名の方へのレンタルを行い、実際に浴衣を着た方からは「マルイの浴衣にこんなサイズ展開があるとは思わなかった」「185センチの私が着られる女性柄の浴衣があったのが嬉しかった」などの声が聞かれたそうだ。
丸井グループは以前から靴や就活スーツの幅広いサイズ展開などに取り組んでおり、それがLGBTの方にも支持されていた。そして、このプロジェクトがきっかけとなり、店頭でも浴衣のサイズ展開が実施された。実際に商品が並んだ新宿マルイのスタッフも「購入していただいたお客様に喜んでいただける、企業としても良い取り組みだった」と振り返る。
今年のカラフルカフェに加わった“二人のカラー”
「僕にしかできないことはなんだろう」、「私だからこそできることってなんだろう」と、自分の持つスキルを団体やプロジェクトに活かすことを考え始めると、難しくてなんだかよく分からなくなる。
これはNPOサポートプロジェクトに参加したメンバーが一度は経験する悩みだが、新倉さんと平野さんも同じ葛藤からスタートしていた。
だが、その葛藤を経て、自分らしく楽しみながらプロジェクトに取り組んだ二人の話を伺うと、あまり難しく考える必要はないのだと気付かされる。
団体と友人をつないだことで生まれた場や、団体と本業先の企業をつないだことで生まれた商品は、“スキル”を活かすことではなく、団体と同じ目線で、同じ課題に向き合い、個々の人脈やフィールドをつなぐことで生まれたものだ。
『自分にしかできないこと』とは、自然とそれぞれが持っているものであり、後から振り返ったときに、初めて気づくものなのかもしれない。
今年の浴衣星見会は、この二人が参加したことによって、二人のカラーが加えられた。
来年の夏も、そこに参加するメンバー一人ひとりのカラーによってカラフルに彩られる葉山のカフェに、遊びにいってみたくなった。
後編では、LGBTの人たちとの交流を通して得た二人の新しい価値観を中心に、お話を聞く。
*1LGBT:性的少数者を限定的に指す言葉。 レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に社会的に割り当てられた性と、違う性で生きたいと思う人)の頭文字をとった総称。
ライター
編集者
カメラマン