グラフィックデザイナーの2枚目の名刺。仕事の傍ら小学校の放課後クラブでワークショップを行ってみたら!
クライアントの希望に応え、デザインを作成・提案するデザイナー。デザイナーが2枚目の名刺でできることって、どんなことなのか。また、本人たちにはどのような気づきや変化が生まれるのだろうか。
今回2枚目の名刺を持ったのは、ポスターやパンフレット、Webデザインなどを行うデザイン会社、株式会社レベルフォーデザイン(以下、レベルフォーデザイン 本社:東京都渋谷区)で働くデザイナー達。渋谷区の小学生が通う放課後クラブで、子ども達に、デザインすることを体感してもらうワークショップの企画・運営に取り組んだ。
仕事としてではなく、ボランティアで取り組んだワークショップは、どのようなものだったのか、また本業とは異なる経験がデザイナーたちに何をもたらしたのか、取材した。
本業の知見を活かしたワークショップ
8月2日、渋谷区立長谷戸小学校には、低学年を中心とした18人の子どもたちが集まっていた。講師は、レベルフォーデザインの増田久美子さん、ホーガン麻子さん、酒井ちひろさん、福原あい さんの4名。夏休み中の学校の図書室で「わくわく! いろのふしぎ コラージュうちわ作りワークショップ」はスタートした。
「私たちの仕事は『グラフィックデザイナー』です。聞いたことある子、いるかな?」増田さんが問いかけると、手を挙げる子どもはまばら。どんな仕事をしているか説明すると、普段なかなか接することがない職業について、子どもたちは真剣なまなざしで聞く。
自己紹介の後は、ユニークな「実験」からスタート。赤と青の紙で作った筒を子どもたちにかぶってもらい、どちらの色が涼しく感じたかを答えてもらったり、箱の中にペットボトルを入れた黒と白の箱を持たせ、どちらが重く感じるか答えてもらったり。材料や中身は同じなのに、色によって涼しく感じたり、暑く感じたりする。不思議な体験に、子どもたちも楽しそうだ。
「みどりって、どんなイメージ?」「森!」「白は?」「明るい!」、その後は、身近な色に関するイメージを子どもたちに尋ねながら、色が持つそれぞれの印象や、公共のマークやキャラクター、商品などにどんな色が使われているのか、プロジェクターを使って解説。色が持つイメージの違いをわかりやすく伝えていく。「このマーク知ってる!」「見たことある!」プロのデザイナーならではの工夫をこらした内容で、子どもたちも飽きずに聞いている。
その後は、今日のメインであるコラージュうちわ作り。白いうちわに、それぞれが家から持ってきた材料を使い、自由に模様を貼り付けていく。おりがみ、リボン、シール、セロハン、ボンボン、キャラクターや動物が描かれた紙などをはじめ、マンションのチラシや車の写真を持ってきている子もいた。
「先生、見て見て!」「わぁ、かっこいいじゃん!」デザイナー達は各テーブルを回りながら子どもたちに声掛けをしたり、アドバイスをしたり、一緒に手を動かしたり。「こうすべき」と決めるのではなく、あくまで子ども達の自由な発想をベースに、うちわ作りは進んでいく。子どもたちはときおり周囲と話しながらも、集中して手を動かしていく。真剣そのものだ。
最後は、作ったうちわの発表。最初の座学で学んだ、青を使った涼しげな作品が多く並ぶ。テーマは「キラキラ」「海」「雨上がり」などさまざま。世界にひとつしかない自分だけのうちわを嬉しそうに見つめたり、扇いだり。
やはり、現職のプロが講師として指導したこと、最初に実験や学びというプロセスを得てから制作をしたことが短い時間でも子どもたちの刺激になり、単なる工作にとどまらない有意義なワークショップになっていたと感じた。
自分たちだからこそできる企画を
本業の仕事とは異なるワークショップの企画・運営を通して、デザイナーはどのように感じたのだろうか。今回のワークショップのリーダーである増田さんにお話をうかがった。
社長から「ボランティアで子ども向けのワークショップを実施する」という話を聞き、社内で希望者を募ったところ、私の他に3名のデザイナーが手を挙げてくれました。子どもと接したり、ものを教えたりしたことがあるメンバーばかりではなかったのですが、共通していたのは「子どもたちにデザインの魅力を伝えたい」「やったことがないことに挑戦したい」という想いでした。
最初にお話をいただいた時に「少しでも子どもたちの刺激や学びを与えられるようなワークショップにしてほしい」と言われていたので、うちわを作るだけではなく座学の時間も設けて、そこで学んだことを制作に活かすという構成にしました。また「デザイナーである自分たちだからこそできる企画を」と思い、普段から接している「色」をメインに、色彩心理など、本業で使っている知識を盛り込みました。ただ、1年生と6年生では理解力にも差があるので、子どもたちみんなが楽しめるレベルの内容にするのは少し難しかったですね。
ワークショップの内容決め、ポスターやスライド制作、材料の準備などの作業は、各自がスキマ時間を使って分担して準備をすすめたり、打ち合わせをしたりしました。仕事柄、時間は比較的コントロールしやすかったのですが、全員本業が忙しい中での準備だったので、時間の捻出は大変だった部分もありました。
伝えることの難しさを改めて考えるきっかけに
限られた時間を使い、初めて2枚目の名刺を持った増田さんたち。ワークショップを終えてみて、どのような感想を持ったのだろうか。
普段、小学生の子ども達と接する機会はあまりないのでとても楽しかったですし、こういう機会をいただけてありがたかったです。座学で学んだことを活かしながら、「夏にぴったりのうちわ」というテーマで、子どもたちには自由な発想で作ってもらいました。「(子どもたちの)思いもよらない反応や、独特の発想がおもしろかったね」と、他のメンバーとも話しました。
一方で、こちらが意図したことがその通りに伝わっていない部分があるなと感じることもあり「伝えることの難しさ」に改めて気づかされました。初回のワークショップの時に「あまり子どもたちに伝わらなかったな」と感じた部分は、2回目、3回目では伝え方を変えるなど工夫しました。
もちろん、子どもに伝えるのと大人に伝えるのでは違いもありますが、本業の中でも「伝える」ということは重要なこと。今回、本業とは異なる取り組みをしたことで「普段、本業でもしっかりと伝わる表現を心掛けているけれど、それはターゲットに響く最善のものか? ということを客観的に判断することが大切なのだ」と改めて感じるきっかけになりました。
本業から離れた活動や、仕事では接することのない相手とコミュニケーションを取ったことで刺激を得ただけでなく、改めて本業について考えるきっかけとなったようだ。
左から、今回のワークショップの企画・運営を担当したレベルフォーデザインの酒井さん、ホーガンさん、増田さん、福原さん。
二枚目の名刺は相手にも自分にも刺激をもたらす
会社としては、社員の2枚目の名刺の活動をどのように捉えているのだろうか。レベルフォーデザイン代表取締役の清水啓介さんはこう語る。
僕自身が以前、仕事とは別に、東京都の小学校でデザインの授業をするという活動をしたことがあったんですね。その時に「本業以外のことに社外で携わることはすごく勉強になるし、自分のスキルはクライアントだけでなく、他の人たちにも喜んでもらえるものなんだ」と実感し、その経験を若いデザイナー達にもしてもらえたらな、と考えていました。
また、今回は小学生が対象でしたが、自分の小学校時代を振り返ってみても、デザイナーという職業があることを知っていたら、その後の進路選択も変わったのではないかと思っています。絵が得意な子というのはクラスに数人はいますから、早い段階で「デザイナーという職業があるんだよ」ということを伝えられたら、その子が将来を考えるきっかけになるのではないかな、とも思いました。
自らの体験をもとに、仕事以外の活動がもたらすものの大きさを実感している清水さん。また、自分たちが働きかけることで、子ども達の人生の可能性や選択肢を広げることにもつながると考えているのだ。
自社の理念に「デザインの力で社会に貢献する」というものがあります。社会貢献は、仕事を通じて税金を納めるだけでなく、今回のワークショップのような方法もあると思っています。本業が忙しい中で自分の時間を使い提案するという行為はすごく意義があると思いますし、社員それぞれに感じ方は違うと思いますが、2枚目の名刺を持つことで刺激を受ける部分は必ずあると思います。
もちろん、忙しい中で本業以外のことに取り組むことの難しさはありますし、時間も限られているなど課題はあるものの、今後もこのような活動に取り組んでもらえたらと思っています。
好循環を生む社会人の越境体験
渋谷区では、本年度より充実した放課後プログラムの提供を行うべく、企業との連携した取り組みを試験的に始めている。今回のワークショップは、夏休み期間を利用し、区内3校で実施された。長谷戸小学校のワークショップを見に来ていた渋谷区教育委員会事務局放課後クラブ推進係の吉野峰英さんに、いつものワークショップとの違いなどを聞いてみた。
普段の放課後クラブの活動やワークショップで工作などをすることもあるのですが、外部から先生が来てくれることで、いつにもまして今回は子どもたちがすごく集中して取り組んでいて、終始楽しそうな様子でした。「コラージュうちわ作り」という内容やワークショップ自体のテーマが、子どもたちの興味・関心にとても合っていたのだと感じています。
渋谷区では今後、地域住民や、企業などと連携し、こうした外部講師によるプログラムをどんどん放課後の時間に展開していく予定としており、担当している吉野さんも手ごたえを感じているようだ。
社員を送りだす企業側にとっても、普段とは違う越境体験が結果的に社員の成長となり、企業にとってプラスに働く点がメリットだ。社会人が会社から半歩外に出て2枚目の名刺を持つことが、子どもたちの放課後に刺激を届け、企業の力にもなる。そんな好循環が、今後も広がっていくことを期待したい。
ライター
編集者
カメラマン