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サポートプロジェクト参加者の声 vol.1~1枚目と2枚目の境界が溶けていく、先生の新たなチャレンジ~

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鼻﨑さん(通称 : なりすさん、”なりす”の由来 : スペイン語で ”鼻”の意味)は、愛媛県で小学校教員をしていた。偶然の出会いから、NPO法人 JAE × 二枚目の名刺 のサポートプロジェクト※に参加し、そしていま新たなチャレンジへと踏み出そうとしている。サポートプロジェクトにおけるどのような経験・変化が、なりすさんを新たなチャレンジへといざなったのだろうか——–。

サポートプロジェクト参加者の声 Vol.1
インタビュイー #01
【氏名(ニックネーム)】鼻﨑吉則(なりす)
【本業/仕事内容】小学校教員
【対象プロジェクト(期間)】NPO法人 JAE(2020. 6~9月)
※サポートプロジェクトの説明はこちら

 

“ゼロから創り出す楽しさ”を子供たちに伝えるために、教育の道へ

なりすさんは、初めから教育の道を志していた訳ではなかった。学校も、好きか嫌いかで言うと、嫌いではない。けれど、望ましい姿を無言の圧力で求められているような空気感を感じ、積極的に好きにはなれなかった。

中学・高校時代は特に打ち込むものを持たず、大学では総合政策系の学部に入学した。その学部はフィールドワークが中心の授業を実施しており、グループワークをしながら、ゼロから何かを創り出す経験を積み重ねていった。その過程がとても楽しく感じた。「下手なりにでも、しょぼくても、自分たちで考え、作ることがとても楽しくて。学びって、動けば動くほど広がっていくんだなぁと、そういう感覚が自分にとっての原体験になっていると感じています。」

就職活動を迎えるタイミングで、この感覚を子供たちにも届けたい、という気持ちが大きくなっていた。そして、企業理念に共感をした学習塾を展開する企業に就職した。就職後は、フランチャイズの教室を担当し、教室の先生方への教材指導、広報などのサポートをする仕事をした。

しかし、日々の仕事をこなす中で、子供たちに直接関わりたい、という思いが強くなっていった。「40~50人ほどの先生たちと関わり、そして教室運営のお手伝いをする中で、子どもを伸ばしている先生はしっかりと1本筋が通っている、と感じるようになりました。そのような先生たちを見ていると、自分自身がもっと直接子供たちに関わりたい、それが実現できる仕事は、やはり教員かな、と思いました。」地元の愛媛に帰り、教員免許を取得し、20代後半から小学校の先生になった。

 

教師を続けながら、青年海外協力隊・二枚目の名刺への”越境”

小学校の先生をしながら、青年海外協力隊にも参加した。青年海外協力隊には、現職参加制度(青年海外協力隊の参加後も、現職を継続できる制度)という2年間のプログラムがある。なりすさんはそのプログラムに参加し、派遣先である中米のニカラグアへ渡った。

「前職の同期から、青年海外協力隊に行きたい、という話をよく聞いていました。私自身も旅が好きで海外に興味もあったため、面白そうだな、と思っていました」

教員免許を取得するために通った大学院で、偶然、青年海外協力隊の説明会があり、興味を持った。しかし、教員としてのキャリアを続ける前提であれば、今すぐに参加するのではなく、まずは日本で教員の経験を積んだうえで現地に行った方が、自分自身・派遣先の両者にとってプラスになると考えた。そして、教員となって丸4年が経ったタイミングで参加を決意した。青年海外協力隊では、思うようにいかない場面も少なくなかった。

しかし、今までと全く異なる環境の中で2年間を過ごし、大いにプラスの経験を得て帰国することができた。

二枚目の名刺との出会いも偶然だった。大阪で開催されたとあるセミナーに参加した際に、二枚目の名刺の団体メンバーと出会った。

「面白そうだけれど、その当時はコロナが流行する前。二枚目の名刺のサポートプロジェクトは大阪での対面開催が基本だったため、愛媛からの参加は物理的に難しいな、と諦めていました」

また、キャリア教育をテーマとして扱う NPO法人JAE にも、以前から興味を持っていた。そんな中、奇しくもコロナ渦になり、JAE × 二枚目の名刺 のサポートプロジェクトがオンラインで開催されることを知り、参加を即決した。

参加にあたっては「仲間と一緒にやりきる経験をしたい」と思っていた。独立独歩でマイペースな性格であるため、自分自身で何かを成し遂げるという経験はすでにできていた。そのためサポートプロジェクトでは、チームで何かを成し遂げたい、色々な立場の人と一緒に何かを創り出したい、という思いを持って臨んだ。

 

「頼ってもいいんだ」全員が勇者にならなくてもいいという気づき

プロジェクトの前半は、周りになかなか追いつけない、と感じていた。今までは、学校の中だけで仕事をしてきたため、資料の作り方や、ミーティングの回し方など、チームメンバーが前提として持っている知識・経験がなかったためだ。

「自分はどのように関わっていけばよいのか、悩ましくもあり、追いつけているんだろうか、足を引っ張っていないだろうか、と感じていました。でも、それ自体がすごく勉強になって、本当に楽しかったです」

プロジェクトチームには、”Animals”(アニマルズ)という名前が付いた。名前の由来は、プロジェクトの最初に実施した動物の性格診断で、チームメンバー全員が異なる動物だったからだ。メンバー全員が初対面であるため、チームメンバーの性格は初めは分からない。けれど、”お互いを尊重し、理解を深めながらプロジェクトを進めていこう”という前提をチームとして持つことができた。

個性豊かなAnimalsとプロジェクトを進める中で、どんどん頼っていいんだ、と気づいた。チームメンバーの得意分野や経験は、いい意味でデコボコ。それを補いながら、得意な人がやれることをやればいいんだ、と思い始めた。学校は、全員が”何でもできる勇者”になることを目指す雰囲気に満ちた場で、長い間それが当たり前という環境に身を置いてきた。

しかしプロジェクトを通して、「全部をできるようにならなければならない」という固定概念がほぐされていくのを感じた。

「始めは、チームメンバーが持っているスキルを、自分自身も平均的に高めていかなければならないと思っていました。しかし、プロジェクトが進むにつれて、そこだけに目が向いていたところから、今自分にできることは何か・今自分自身が持っているもので活かせることはないか、と考えるようになりました。そこから、色々と動けるようになりましたね」

 

プロジェクトで得た気づき・経験を、本業へも繋げていく

プロジェクトでは「JAEの新しいプログラムを創る」ことが大きな目的の一つだった。その中で実現したプログラムが、”未来手紙プロジェクト”。子どもたちの自己理解を促すことを目的にした、キャリアコンサルタントとの協働によるキャリア教育プログラムだ。

未来手紙プロジェクトは新しい試みだったが、子どもたちから「モヤモヤ」「スッキリ」という言葉がたくさん聞かれたこと、そして何よりもキャリコンと話し終えたときの子どもたちの表情が、この試みの意義を物語っていた。 (詳細は、未来手紙プロジェクト 前編後編 を参照)

「二枚目の名刺での経験をもっと試してみたい、そして他の先生たちにも伝えたい」 という気持ちがどんどんと大きくなっていった。そして実は、二枚目の名刺のプロジェクトに参加する前から学校で持ち上がっていた県内の大学連携セミナーが、コロナ渦により中止に向かおうとしていた矢先でもあった。

「それは絶対に嫌でした。学校現場の中で、”コロナだから仕方がない”と諦める場面が多く、ずっとモヤモヤしていました。無力感というか、教員の自己効力感が低くなっていくなと。先生たちのそのような諦めの感覚って、子供たちにも伝播していくんじゃないかと思うんです。”できない” ではなく、”やりたい人が集まれば、やれることはたくさんあるんだ” ということを、私は二枚目の名刺のプロジェクトを通して学んでいました

そこで大学側から催行に関する連絡が来る前に、「オンラインで開催させてもらえませんか?」と大学の先生に打診した。そして今回も、Animalsに頼ろうと思った。

「Animalsのメンバーに相談したら、”わかったよ”と、特別なことでもなく受け止めてくれて、すーっと物事が流れていくんです。そして私自身も、どこかで ”絶対に受け止めてもらえるだろうな”と思っていて。本当にこのチームはすごいな、と感じました」

こうして当日のzoomの設定や、進行のスライド作りなど、全面的にAnimalsに頼り、無事にセミナーを開催することができた。主催大学の先生にとっては初めての完全オンラインセミナーだったが、全国から参加者が集まり、過去最高の参加人数を記録した。

「”諦めたくない”を貫くことができたのは、Animalsのみんなのお陰です。自分の想いでなんとかできる、けれど、自分一人だけでは無理、ということを受け入れることができました」

そしてこのセミナーの中で、Animalsはもう一つ大きな成果を上げた。「このセミナーで、”未来手紙プロジェクト”をがっつりと紹介しました。セミナーを開催したときは、すでに3か月間のサポートプロジェクトは終了していました。けれども、活動は続けていたので、私たちは単なる運営メンバーとしてではなく、プロジェクトの一環として取り組んでいたんです。」そして、紹介を聞いた他校の先生が手を挙げ、”未来手紙プロジェクト”2校目の実施へと繋げることができた。

 

”鼻﨑先生” と ”なりすさん” の境界が溶けていく 小学校教育×キャリコンの新たなチャレンジ

なりすさんは、今年の4月から ”学校法人 新渡戸文化学園” で新たなチャレンジを始める。この学校は教員の個性も尊重し、教員の兼業を許可している珍しい学校である。

「キャリアコンサルタントの資格を活かし、子どもたちが、今の自分自身に目を向け、そして将来の展望を考えるための支援をしたいです。小学校教育×キャリコン の掛け算ってあまりないと思っていて。学校外の動きをすればするほど、学校に還元できるものも大きくなってきていて、最近では、本名よりも”なりす”の存在の方が大きい気がしますね」

公教育にがっかりした、というようなマイナスの理由ではなく、自分自身の現状、性分、経験など、トータルで考えたときに、新しい環境に身を置いた方が社会に還元できることが多いのではないかと考え、新たなチャレンジへと舵を切った。

ここまでの道のりを振り返ると、「結果的に全部1つに繋がっていたんだ」という感覚を抱く。青年海外協力隊の越境経験は”貴重な経験だったな”で留め、ずっと蓋を閉じてきた。キャリアコンサルタントの資格も、取得はしたが直接的に活かすことができる場がなかった。

しかし、一見繋がりなく見えるこれらの出来事だが、その経験を通して考えてきたこと、出会った人たちがなりすさんの糧となり、どんどんと繋がり始めたと感じている。「自分の中でストーリーがきれいに整ってきているし、それはきっとこれからもが続いていくんだと思います。」

 

先生がもっと自由に動くことができる世の中に

「二枚目の名刺のプロジェクトへの参加前後の自分を比較すると、より”自由”になった、と感じます」

”隙あらば飛び越えていきたい”という感覚はずっと持っていたが、それに対するためらいがなくなった。心惹かれる何かがあるときに、それを一緒に具現化していく仲間がいることが、大きな安心感に繋がっている。

「より自由に舞い、抵抗なく新しいことを始めることができるようになりました。私のように、先生がもっと自由に、もっとフツーの感覚で動くことができるような社会が実現できるよう、これからも自分なりにチャレンジし続けていきたいです」

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ライター

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カメラマン

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竹田明香
ライター
二枚目の名刺のサポートプロジェクトデザイナー。 社会人メンバーとしてサポートプロジェクトに参加したことをきっかけに、二枚目の名刺にジョイン。一枚目は、医療系ベンチャーにて勤務。楽しさ×社会貢献×オカネ のバランスを模索中。