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阪神・淡路、そして東日本大震災。消防士として現場に立った私の2枚目の名刺

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NPO二枚目の名刺は、福島相双復興推進機構と連携し、福島12市町村のNPO等の活動を支援する「Hello!福島」の第2期を9月よりスタートします。

本記事は、この第2期のサポートプロジェクト(※)で伴走役を務める、木村 尚(なお)さんによる寄稿記事です。なおさんは、緊急消防援助隊の一員として東日本大震災の被災地・福島県南相馬市に派遣された経験を持つ消防士です。過去の災害対応での葛藤と、南相馬で聞いた「忘れないで」という言葉を胸に、福島と関わり続ける想いを綴っていただきました。

※サポートプロジェクト:社会人・学生がチームを組み、NPO等の団体と約3か月間協働するプロジェクト

 

東日本大震災の現場で刻まれた、「決して福島県のことを忘れないでください」という言葉

 

↑消防車両に乗る木村 尚(なお)さん

消防士として長年、各地の災害現場に赴いてきた私は、2011年3月、東日本大震災の被災地支援のため緊急消防援助隊の一員として福島県に派遣されていました。緊急消防援助隊とは、大規模災害の際に全国の消防本部が都道府県ごとにチーム(県隊)を編成し、被災地に応援に入る制度で、私も自分の出身県から派遣された部隊、いわゆる「我が県隊」の一員として活動にあたっていました。

その派遣最終日、福島県消防学校のグラウンドには、我が県隊の総員およそ150名が整列していました。責任者からは、任務の終わりを告げるだけの事務的な言葉が続くのだろうと思っていました。しかし、その口から出たのは、そうした型どおりの労いではありませんでした。

「決して福島県のことを忘れないでください」

一人の隊員としてではなく、一人の人間としての思いが滲む力強い言葉でした。復興を第一に考え続けてほしいというその人自身の願いが、150名の隊列に向けて真っすぐに投げかけられました。言葉自体は短く、シンプルでした。しかし、それが決して簡単なことではないと、その場にいた誰もが感じ取っていたように思います。任務が終わり、それぞれの持ち場に戻ってからも「忘れない」でいることの難しさを、150名それぞれが自分の中で受け止めていました。

 

阪神・淡路大震災の現場で味わった葛藤、そして東日本大震災での後方支援

時は遡り1995年1月、阪神・淡路大震災が発生しました。

当時は、まだ緊急消防援助隊という制度そのものがありませんでしたので、「我が県隊」とはいっても、実態は、各消防本部ができるだけの人員を送り出し、なんとかしようというものでした。私は、神戸市長田区の長田消防署の前で、全国から集まった消防本部の仲間たちとともに、ただ待機していました。目の前では、火災も倒壊もあちこちで起きていたはずでした、私たちにできることは限られていました。指揮系統も情報伝達の仕組みも整っていない中、私は、受動的な存在でしかありませんでした。

車の中で長い時間待機していると、地元の方から「遠くから応援に来ていただいてありがとうございます」と声をかけられ、その方からおにぎりをいただいたことを今も忘れられません。

何もできない自分たちに向けられたその優しさが、かえって「役に立ちたいのに、何もできない。」という思いを募らせ、虚しさを深くしました。災害はいくつもあったはずなのに、そこに積極的に関わることができませんでした。その感覚は、今も消えずに残っています。

 

一方、東日本大震災では緊急消防援助隊の制度が整い、私は南相馬市への派遣で後方支援の管理職という立場を担いました。

他県隊との調整、県隊長の補佐、隊員の安全管理、県隊内の会議調整など、当時の私にできることはすべてやりました。阪神・淡路のときの「何もできない」自分とは違い、今回は「やるべきことを自ら拾いにいく」自分がいました。

もっとも、その充実感の裏側には、別のものありました。前線に立つのは自分ではなく、送り出した隊員たちです。彼らの安全を案じる時間は、長田で味わった待ちの時間とは違う種類の静かな緊張感を伴うものでした。

 

二枚目の名刺との出会いと、かわうちラボで大切にしたい「三つのデザイン」

消防士としてのキャリアの終わりが近づいてきた頃、大学院時代に培ったファシリテーションの技術を消防という組織の外でも何か役に立てるのではないかと考えるようになりました。そんな時、以前参加した

「公務員の2枚目の名刺」

というテーマのミーティングを思い出し、NPO二枚目の名刺のサポートプロジェクト(※)に参加しました。

※サポートプロジェクト:社会人・学生がチームを組み、NPO等の団体と約3か月間協働するプロジェクト

 

この活動は、多様な人が集まり、様々な考えを持ち寄り、化学変化を伴いながら、団体の抱えている課題を解決するという、私にとって今までにない経験でした。参加者として活動する中で見ていたデザイナーの姿に、強く興味を惹かれました。ファシリテーターという肩書きこそなかったものの、これまで培ってきた技術は、この役割でも活かせるのではないか――そう思い立ち、私は、今度は運営側、つまりプロジェクトの伴走役であるプロジェクトデザイナーとなり参画することになりました。プロジェクトデザイナーは、団体と参加者、双方の声に耳を傾けながら、時に踏み込み、時に一歩引く、その塩梅を常に意識する必要があります。その中で価値を生み出していく経験は、団体にとっても参加者にとっても意味のあるものが生まれる瞬間に立ち会える、何ものにも代えがたいものでした。その手応えが、次のプロジェクトを自然と探させたのだと思います。

次はどのようなプロジェクトに取り組むか考えていた時に出会ったのが、「Hello!福島。」でした。第1期はタイミングが合わず参加できませんでしたが、それでも、心のどこかにはずっと、あの南相馬での記憶がありました。「決して福島県のことを忘れないでください」――あの言葉を背負ったまま、いつか機会があればという思いを持ち続けていました。そして、今回その機会がめぐってきました。

 

今回、「Hello!福島。第2期のサポートプロジェクトの一つとして担当する「かわうちラボ」は、東日本大震災後の産業再生として、川内村の気候・自然環境を活かした独自産業の育成に取り組み、帰還した村民移住してきた人、村外のサポーターをつなぐハブの役割を担う団体です。

プロジェクトに参加する方々は、それぞれに異なる専門性や価値観、そして福島への想いを携えて、川内村の課題解決という一つの場に向き合うことになります。そこで私が大切にしたいのは、三つのデザインです。

一つ目は、場のデザインです。安心して本音を語れる場をどうつくるか。多様な人が集まるほど、最初の関係性づくりが後の対話の質を左右します。

二つ目は、問いのデザインです。何を問うかによって、チームが見る景色は変わります。「川内村のために何ができるか」という問いと、「川内村の方々と共に、何を実現したいか」という問いでは、そこから生まれる対話も行動も全く違ってきます。参加する社会人たちが、他人事ではなく自分ごととして課題に向き合えるような問いを、投げかけたいと思います。

三つ目は、リフレクション(振返り)のデザインです。節目に振り返る「うまくいったこと、行き詰まったこと」――その行動だけに目を向けるのではなく、「その時の気持ち」を振り返る時間をつくることで、チームは経験を学びに変えられます。

うしたプロジェクトデザイナーとしての取り組みが、消防士としての本業のかたわらで見つけた、私にとっての『2枚目の名刺』なのだと思います。

 

プロジェクトのその先へ――「忘れない」を関わり続ける実践に変える

南相馬で感じた「後方支援」という立場は、前線には立たないが、前線に立つ人を支える役割でした。かわうちラボでのデザイナーという役割も同じ構造で、前面に立って課題を解決するのは、参加する社会人たちと川内村の方々自身です。私はその間に立ち、場を整え、問いを投げかけ、振り返りを促す――この三つのデザインを通じて、チームが自分たちの力で課題解決できるよう支えていきたいと思います。

ただ、私が本当に願っているのは、その先にあるものです。三カ月間のプロジェクトが終わったときに、参加した社会人たちが「やり切った」という満足感とともに福島から静かに離れていってしまうとしたら、少しもったいないと感じています。場を整え、問いを投げかけ、振り返りを促す。プロジェクトが終わったあとも、参加者一人ひとりが福島との関わりを自分なりのかたちで続けていけるような、緩やかな仕組みをつくることだと思っています。定期的に集まって近況を語り合う場でもいいと思います。誰かが個人的に村を再訪するその背中を押すことでもいいのかもしれません。形は決めつけず、それぞれが自分にとって無理のない距離感で関わりを続けられる余白を残しておきたいと思います。

南相馬で言われた「決して福島県のことを忘れないでください」という言葉を、私は自分一人の胸にしまっておくだけでは、約束を果たしたことにならないと思っています。かわうちラボに関わった参加者一人ひとりが、三カ月を終えたあとも福島を思い出し、何らかのかたちで関わり続けてくれること。その輪が少しずつ広がっていくことこそが、あの日の約束に近づいていく方法なのかもしれません。

「決して福島県のことを忘れないでください」。言葉にすれば、簡単なフレーズです。しかし、その中に込められた行動、つまり実践は、決して容易いものではありません。忘れないということは、記憶にとどめることではなく、関わり続けることだと思います。かわうちラボに参加する社会人たちの多くも、私自身も、福島の復興そのものに直接関われる機会は多くはありません。いち消防人であり、いち社会人である自分に、何ができるのか。その答えを、私はまだ持っていません。ただ、あの言葉を心の中に入れ込んだまま、かわうちラボという場で、場と問いとリフレクションをデザインしながら、一人の人間として関わり続けることの中に、その答えを探していきたいと思います。

 

 

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木村尚(なお)
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地元の消防局に勤めるなおです。二枚目の名刺は、数年前管理職になったばかりの時に出会い、数年後に本格的にjoinしました。二枚目の名刺ではデザイナーを担当しています。大学院時代に培ったファシリテーション技術を駆使して、場のデザインに力を注ぎたいと思います。福島は久々なのでどのような場になるのか楽しみです。
二枚目の名刺 編集部
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