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越境学習研究者が説く、2枚目の名刺の学びを1枚目で活かす3ステップ【理論編】

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昨今、次第に広がりつつあるパラレルキャリアの醍醐味の一つは「職場外の活動で学んだことを、職場の活動で活かす」というように、複数の活動の間で学びのシナジーが起こることです。しかしこのシナジーを起こすことは、実は簡単なことではなく、多くのパラレルキャリアの実践者が苦労していることでもあります。

本稿では、そんな「パラレルキャリアに挑戦してみたけど、どうやってその学びを職場で活かせばいいの?」とお悩みの読者の方に向けて、パラレルキャリア研究者である筆者の研究をもとに、学びのシナジーを起こしていく方法をご紹介します。この「3つのステップ」によって、読者の皆さんのキャリアがより刺激的で充実したものになれば幸いです。

今回は理論編として、3つのステップについて、少し理論的なお話も交えつつご紹介します。

 

※越境学習とは「普段自分がいるコミュニティ”ではない”コミュニティでの経験から学ぶこと」です。普段自分がいるコミュニティ(普段の職場など)を本稿では「1枚目の(名刺の)コミュニティ」、そうではないコミュニティ(副業やプロボノ、社会人大学院、有志勉強会など)を本稿では「2枚目の(名刺の)コミュニティ」と呼ぶことにします。

筆者の越境学習研究について

前回の導入編でご説明したように、パラレルキャリアにおける学びである越境学習には、個人にも組織にも良い効果が期待できる反面、いくつかの問題に阻害されています。

どうすれば、越境学習を阻む障壁を取り除き、個人のキャリア形成と組織のイノベーションを促進できるのでしょうか?  筆者はこの問題に研究者として取り組み、「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす方法」を開発しました。多くの専門家や実践者の方々へのヒアリング調査や文献調査などを通して構築したこの手法は、パラレルキャリアを実践する個人が自分の経験を定期的に振り返ることによって、学びと実践のサイクルを効果的に回すものです。

この方法の効果を確認するために、筆者は慶應義塾大学大学院に通う社会人大学院生を対象に実験をし、「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす」行動が促されることを確認しました。なお、この研究はSociety of Interdisciplinary Business Research という国際学会(2019@東京)で発表しBest paper 賞を受賞し、その後Review of Interdisciplinary Business and Economics Research という海外論文誌に掲載いただきました。

※掲載された英語論文:http://buscompress.com/uploads/3/4/9/8/34980536/riber_9-1_04_t19-088_63-81.pdf

以下では、この方法を噛み砕いて「3つのステップ」としてご紹介します。
説明の内容は、「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす」ためのステップですが、同様のステップを逆に適用して「1枚目のコミュニティで学んだことを、2枚目のコミュニティで活かす」こともできます。そうやって一枚目と二枚目の両方で相互に学びと実践のサイクルを回して、異なるコミュニティ同士が学び合えることも、この手法の特徴です。

ステップ1:2枚目のコミュニティでの経験を内省する

キーワード:学び、違和感

「社会人の学びの7割以上は、その人の経験によって培われる」と言われており、経験から学びを得ることを「経験学習」といいます。経験学習を進めるためのプロセスとして、「経験学習サイクル」というモデルがあります。経験学習サイクルは、「具体的な経験をする→経験を振り返って内省する→学びを別の状況で活かせるように抽象化する→学びを別の状況で実践する」という4つのプロセスを繰り返していくことで、経験学習を進めていくモデルです。

この中でもまず欠かせないのが「経験を振り返って内省する」ことです。どんな貴重な経験も、ただ経験しっぱなしでは、良い思い出にはなっても、良い学びにはなりません。その経験が、自分にとってどんな意味を持っているのか、一歩引いた視点から振り返ることが重要です。

ではパラレルキャリア・越境学習においては、具体的に何について振り返ることが有効なのでしょうか?筆者の開発した方法で提案しているのは次の2点です。

1点目は、「2枚目のコミュニティの経験で学んだこと」特に「1枚目のコミュニティに持ち帰って活かしたい!」と思う学びを振り返ることです。「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす」ことが目的なので、持ち帰って活用したい学びについて内省することは欠かせません。

例えば、社外の有志勉強会で学んだチームビルディングの方法、副業先のベンチャー企業で学んだプロダクト開発の進め方、プロボノ先のNPOで新たにできた人脈、社会人大学院で学んだ業界に関する最新情報など、「これは職場で活かせそう!」と思う学びについて振り返ります。

そして2点目に振り返るべきは、「2枚目のコミュニティの経験で感じた違和感」です。なぜ違和感について内省することが必要なのかというと、越境学習は「複数のコミュニティの価値観の違いを越える」ことが大きな特徴だからです。

普段自分がいる場所ではないコミュニティ(2枚目のコミュニティ)では、普段の自分とは異なる考え方や言動に出会います。その「違う」ところにこそ学ぶ価値がありますし、「違う」ことを踏まえておかないと1枚目のコミュニティに上手く持って帰ることができません。とはいえ、コミュニティの価値観として何がどう違うのかを言語化するのは簡単ではありません。なのでまずは「なんかいつもと違ったなー」という感覚、つまり違和感が無かったかどうか、あったなら、それはどんなところで、どう思ったのかを振り返ります。

例えば、副業先のベンチャーで「え?まだ十分準備できていない状況で、次に進めちゃっていいの?」と思うことや、プロボノ先のNPOで「え?これってビジネス的には成り立たないけど大丈夫?」と思うこと、有志勉強会で「へー、みんなはそういう所に関心があるのかー」と思うことなどです。ここでいう違和感はネガティブな意味ではなく、違和感にこそ学びの可能性が眠っているというポジティブなものです。このステップで違和感を言語化することが、次のステップのカギとなります。

ステップ2:コミュニティと自分との違いを整理する

キーワード:コミュニティの価値観、アイデンティティ、活動の目的

ステップ2は、この「違和感」をもとにして、2枚目のコミュニティと自分自身との違いを整理します。

なぜ違いを整理する必要があるのかというと、次のステップ3で、1枚目での実践方法を具体化していくのですが、その際に、1枚目と2枚目のコミュニティの違いを踏まえておかないと、迫害(2枚目の学びを1枚目に持ち込もうとした時に受ける、1枚目メンバーからの反発)の問題を引き起こしてしまうからです。

越境学習は「価値観の違いを越える」ことだと述べましたが、このステップで越えるべき違いを明らかにします。ここで参考になるのが、法政大学の石山教授の研究によって提示された「ナレッジ・ブローカー(知識の仲介者)モデル」です。ナレッジ・ブローカー・モデルは、複数のコミュニティの間で知識をやり取りする人物の行動特性をモデル化したものです。このモデルでは、越境したコミュニティで出会う「違う」ことを、まずは「違う」と認め受容し、その上でコミュニティと自分の違いを擦り合わせていくことが必要とされています。筆者の研究ではこの考え方を応用し、ステップ2で以下の3点について整理することを提案しています。

1点目は、ステップ1で内省した「違和感」をもとに、「2枚目のコミュニティの価値観」を言語化します。違和感を感じた背景に2枚目のコミュニティ特有の考え方や価値観があると考えるのです。例えば、副業先のベンチャーで「え?まだ十分準備できていない状況で、次に進めちゃっていいの?」という違和感を感じた背景には、そのベンチャーでは「早く試して、失敗から学ぶことが重要である」という考え方が共有されているのかもしれません。

2点目は、ステップ1で内省した「違和感」をもとに、「自分のアイデンティティ(自分自身がどんな人であるのか?という自分の考え)」を言語化します。違和感を感じた背景に、2枚目のコミュニティ特有の考え方や価値観とは異なる、自分自身の考え方や価値観があると考えるのです。例えば、先述の副業先ベンチャーで感じた違和感の背景には、自分自身が「失敗しないように、念には念を入れるべき」という考え方をこれまで大切にしてきたのかもしれません。

3点目は、「2枚目のコミュニティの価値観」と「自分のアイデンティティ」との違いを踏まえて、「2枚目のコミュニティでの活動の目的」を検討します。例えば、ベンチャーの「早く試して、失敗から学ぶことが重要である」という考え方と、自分自身の失敗しないように、念には念を入れるべき」という考え方の違いを踏まえて、「自分の仕事の幅を広げるために、失敗から学ぶという進め方を経験する」という活動の目的を設定できるかもしれません。これが違いを受容し統合するということです。

ここで整理した「2枚目のコミュニティの価値観」と「2枚目のコミュニティでの活動の目的」は、「2枚目のコミニュティでの実践方法を具体化する」場面で必要な要素になってきます。

ステップ3:1枚目のコミュニティでの実践方法を具体化する

キーワード:目標、行動、人間関係、伝え方

ステップ3では、ステップ1で振り返った「1枚目のコミュニティに持ち帰りたい学び」を、「2枚目のコミュニティと1枚目のコミュニティの違い」を踏まえて、実際に1枚目のコミュニティで実践するための具体的計画を立てます。

2枚目のコミュニティで得た学びは、2枚目のコミュニティの考え方に根差したものなので、そのまま1枚目のコミュニティに持ち込んでも受け入れてもらえるとは限りません。1枚目のコミュニティで実践するためには、1枚目のコミュニティの目的や価値観に合わせた具体的なプランが必要になります。

具体的なプランを立てる際に参考になる考え方が、ジョブ・クラフティングというモデルです。ジョブ・クラフティングは、自分の仕事を(上司などの指示ではなく)自分自身で変化させるために、3つの境界を変えることを示しています。

3つの境界とは、「認知的タスク境界(1枚目のコミュニティでの目標)」、「タスク境界(1枚目のコミュニティにおける自分の行動)」、「関係的境界(1枚目のコミュニティにおける人間関係)」の3つです。筆者の研究では、越境学習のケースで活用できるようにこれら3つに加えて「1枚目のコミュニティにおける伝え方」を検討することを提案しています。

1つ目の「1枚目のコミュニティでの目標」では、2枚目のコミュニティで得た学びを1枚目のどんな活動に活かすかを決めます。その際「1枚目のコミュニティでの活動の目的」を踏まえて決めると良いでしょう。例えば、「職場での開発業務のパフォーマンスを上げる」という目的を踏まえて、「副業先のベンチャーで学んだスピード感のあるプロダクト開発の進め方(アジャイル開発)について、職場メンバーに興味をもってもらう」という目標を立てることなどです。いきなり「アジャイル開発を導入する」という高すぎる目標ではなく、はじめは「興味をもってもらう」くらいの無理ない目標がよいでしょう。

2つ目の「1枚目のコミュニティでの自分の行動」では、目標を実現するために自分自身がどのような行動を起こすかを検討します。例えば、「アジャイル開発について、職場メンバーに興味をもってもらう」という目標を実現するために、「アジャイル開発について説明できる資料やWebページを紹介する」といった行動が考えられます。

3つ目の「1枚目のコミュニティでの人間関係」では、目標を実現するために1枚目のコミュニティの誰を巻き込むことが有効かを考えます。例えば自分の上司、同僚に紹介するなどです。または違う部署の人など、必ずしも同じ職場の人ではない場合もあります。そのトピックに興味を持ってくれそうな人を幅広く検討してみましょう。

4つ目の「1枚目のコミュニティでの伝え方」では、上記で決めた人を巻き込むために、いつ・どのように・どんな言い方で伝えることが有効かを考えます。その際「1枚目のコミュニティの価値観」を考慮すると、その職場に馴染みやすい形で伝えることができます。例えば、公式の打合せの場がいいのか、それとも非公式なランチや飲み会の場がいいのか。「アジャイル」という言葉が職場で馴染みのないものであれば、「早く何度も回す開発のやり方」と職場の人でも理解しやすい言い方に言い換えてみる。紹介の仕方も、職場の価値観が「前例を重視する」ものであれば、すでに実績を上げている事例とともに紹介する。このように、職場になじみやすい伝え方を考えます。

ここまでの3ステップをまとめると、図のようになります。以上でご説明したのは「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす」ためのステップですが、同様のステップを逆に適用して「1枚目のコミュニティで学んだことを、2枚目のコミュニティで活かす」こともできます。

パラレルキャリアを実践しながら、この振り返りを定期的に「2枚目の振り返り→1枚目の振り返り→2枚目の振り返り→……」と繰り返していくうちに、だんだんとコミュニティの価値観の違いや自分のアイデンティティについての理解が深まっていき、学びをコミュニティ間でやり取りすることにも熟達していくことでしょう。この振り返りを実践する際は、日記のようにして振り返った内容を書き溜めていくことをお勧めします。

筆者はこの手法を開発し、慶應大学大学院の社会人大学院生49名を対象に3ヶ月間の実験を行いました。49人中28名は週に一回この手法を使って大学院と職場の経験を振り返り、他の21名は振り返りは行いませんでした。その結果、定期的な振り返りを行ったグループは振り返りを行わなかったグループよりも、「大学院での学びを職場に持ち帰って活かす」行動が促進されました。

「2枚目のコミュニティで学んだことを、1枚目のコミュニティで活かす」ための3ステップの理論編は以上です。次回は、理論編の理解をより深めるために、3ステップを具体的な事例に沿ってご紹介します。

>次回は5/13公開予定です。

 

<参考文献>
・Amy Wrzesniewski (2001) “Crafting a Job: Revisioning Employees as Active Crafters of Their Work”
・石山恒貴 (2018) 『越境的学習のメカニズム』, 福村出版
・Isomura, K (2019) . “A Method and Tool to Promote Knowledge Brokering in Cross-Boundary Learning for Organizational Learning and Career Development” Review of Interdisciplinary Business and Economics Research, Vol.9(1)
・Kolb, D. A (1984). “Experiential Learning: Experience as the source of learning and development.”
・McDaniel, M. A., Schmidt, F. L. & Hunter, J. E. (1988) “Job experience correlates of job performance.” Journal of Applied Psychology, 73(2)

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磯村幸太
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慶應義塾大学大学院SDM研究科・研究員/IAF認定プロフェッショナル・ファシリテーター。企業,NPO,自治体等にて、人材・組織開発,オープンイノベーション,社会課題解決等の変革をファシリテーターとして支援する傍ら、大学研究員として人材・組織分野の研究を行っている。  note: https://note.com/kota1106
はしもと ゆふこ
編集者
女性誌出身の編集者。 「人生100年時代」に通用する編集者になるべく、雑誌とWebメディアの両方でキャリアを重ねる。趣味は占い。現在メインで担当するWebメディアで占いコーナーを立ち上げ、そこで独自の占いを発信すべく、日々研究に励んでいる。目標は「占い師」という2枚目の名刺を持つこと。