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なぜ美容師はフィリピンでプロボノ活動をするのか?ハサミノチカラプロジェクト同行レポ

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筆者は約8年半、美容師向けの業界誌を発行している出版社で編集者として働いてきた。今年の2月で退職し、以降はフリーランスの編集兼ライターとして活動している。

美容業界誌の編集者だった頃、たくさんの美容師と接してきたが、その中に数名フィリピンにボランティアカットに行っているという人たちがいた。その活動は「ハサミノチカラ」という名前だった。まさに美容師が自らの職業スキルを活かして行う「プロボノ」だ。

彼らとお酒を酌み交わしながら話していると、必ずと言っていいほど「ハサミノチカラ」の話題になり、ほろ酔いになりながら彼らが楽しげに、時には真剣にフィリピンの子ども達と「ハサミノチカラ」のこれからについて話すのを眺めていた。

「美容師」という職業はとてもハードで、サロン閉店後も練習があったり、休みの日は講習会があったりと、日々めまぐるしく動いているイメージがある。それに加え、自分の時間を割き、自費でフィリピンにボランティアに行くなんて、そこまでする理由はなんだろう?と思っていた。

彼らにとって「ハサミノチカラ」とは何なのか、どんな魅力があるのか、ずっと知りたかった。彼らが美容師の誇りを持って行っている活動を、私も実際に現地に行って直にこの目で見たいとずっと思ってきた。そして、今年ついにフィリピンに同行するに至った。

ハサミノチカラプロジェクトとは

フィリピンの子どもたちを支援するNPO法人アクションが主催する子どもたちへの職業訓練・能力向上プロジェクトの一つ。フィリピンではスキルさえあれば、資格なく美容師という職業を得ることができるため、日本のヘアカット技術を習得し、プロの美容師になるためのプログラムを実施している。

この活動に賛同した日本の美容師による孤児院や貧困地域でのボランティアカットツアーを行っており、今回はこのツアーに同行した。

>ハサミノチカラプロジェクトについて詳しく見る

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「子ども達に喜んで欲しい」気迫のカット

飛行機を降りるとムッとした空気に包まれる。暑い暑いと聞いてはいたが、日本の真夏と同じくらいの気温。暑さに弱い筆者は、早速弱音を吐く。初日の目的地、孤児院ジャイラホームに向かうこと車で約5時間。

道路も日本のように整備されていないからか、車が上下にバウンドする。ドライバーの運転も荒く、前を走る車をどんどん追い抜いていく。さながらカーレースのよう。「普段は車酔いなんかしないんだけど、ちょっと気持ち悪くなってきた」と、同車した美容師たちもゲッソリ。

ジャイラホームに到着した時には夜の7時をまわっていた。ゆっくりしている時間はなく、孤児院の子ども達のカットをスタートさせる。

最初は勝手がわからず、美容師も子どもも、お互いの様子を探り合っているような空気だったが、時間が経つにつれ徐々に笑顔が増えていった。真剣にカットしている美容師とは対照的に、子どもたちはその“子どもらしさ”を遺憾無く発揮し、部屋の中を走り回ったり、はしゃいだり。中には、引っ込み思案なのか、あまり目を合わせてくれない子や、恥ずかしがって下を向いてしまう子もいたが、それぞれの個性が感じられて微笑ましい。

汗だくになりながらカットを施している美容師達からは、緊張とはまた違った、何か気迫のようなものも感じられた。子ども達に喜んで欲しい、その一念から発するものなのかもしれない。

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美容のスキルを世の中のために

二日目、朝7時に朝食をとる。食堂に向かう途中、ある女性美容師に、なぜ今回「ハサミノチカラ」に参加したのか?と尋ねてみた。

「ずっとボランティアに興味があって。自分の美容師としてのスキルを活かして、何か社会貢献できないかと考えてきました。いろいろと自分なりに調べて、ボランティアカットをしている団体はいくつか見つけたのですが、なぜその中から『ハサミノチカラ』を選んだのかというと、アカデミーがあったからです。ただカットするだけじゃなくて、子ども達に技術を教えている。そこが魅力的でした」

という答えが返ってきた(「ハサミノチカラ」はボランティアカット以外にも、子ども達に美容師としての技術を教えるアカデミーも定期的に行なっている)。

NYから参加IMG_1173

彼女は、現在はニューヨークで働いているという。今回、NYから韓国を経由してフィリピン入りした。かかった時間も、費用も、日本から向かった筆者の比ではない。「自分の美容師としてのスキルを世の中の為に使いたい」。そこまで強く思えるほど、自分の技術に誇りを持って活動している彼女を羨ましいと感じた。

ハサミの力を熱望するフィリピンの子どもたち

朝食後すぐに移動の準備をして、貧困地域にあるバライバイ再定住区小学校へ。前情報によると、約200人の子ども達をカットするという。今回ボランティアに参加している美容師は20名。一人当たり10人の子どもの髪を切る計算だ。

小学校といっても、カットする場所は屋外。幸い屋根があって日陰にはなっているが、気温は真夏の日本並み。椅子を20脚並べ、それぞれに美容師がつき、子ども達は我先にと椅子を取り合う。美容師はみんな汗だくになりながら子ども達のカットを進めていく。

美容師が日本から持参したヘアカタログを覗きながら、子ども達は好みの髪型を探していく。女子は巻き髪を希望する子が多い印象だ。女子がコテで髪をくるくる巻いてもらっている横で、男子はスプレイヤーを勝手に拝借し、水を掛け合って遊んでいる。どの国も、やはり女子の方がちょっと「オトナ」だと感じた。

一人の美容師を5〜6人の子どもが取り囲み、カットしている手元をキラキラした目で見つめている。カットしてもらった子どもは、鏡を手に髪型を入念にチェック。美容師達も真剣にカットしつつも、この場所、この時間を子ども達と一緒に精一杯楽しもうという気持ちが伝わってくる。

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結局、この日カットした子どもの人数は298名。予想をはるかに上回る人数だった。子ども達のカットを終えた美容師達は皆、少し疲れは見えたものの、自分の持つハサミの力によって子どもたちを笑顔にできたからか、清々しい表情をしていた。言葉は悪いかもしれないが「憑き物が落ちたような顔」とでも言おうか。とにかく余計なことは考えずに切って切って切りまくったため、程よい疲労感と充実感もあったのだろうと思う。

勉強だけでは手に入らない経験

今回一人、まだ大学生だという男性が参加していた。大学に通いながら美容師免許を取得したという。父親が美容師で、「ハサミノチカラ」に参加することを勧められ、不安を抱えながらも一人で参加した。

初日、彼は「バリカンの練習はしてきたので、ボウズにしてほしい子がいたら僕でもできるんですけどね。できるのはボウズだけだからなぁ」と言っていたが、二日目の彼を見て、あれ?と思った。

彼が手にしているのはバリカンではなくてハサミだったからだ。

「最初はボウズしかできないって思ってたんですけど、子ども達にこの髪型にしてほしいって言われてハサミで切ってみたら、意外といけた! そこからは切りまくりました。やってみてよかった! 大学に通うだけだったら絶対にこんな経験できなかったです!」

ちょっと興奮気味に話す彼を見て、素直にかっこいいなと思った。

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不安でも、実際に現地に足を運び、ボウズしかできないという思い込みを取っ払ってチャレンジした先に彼が見た景色はどんなものだっただろう。誰かから話を聞くだけ、ネットで情報を調べるだけでは感じられなかったもの、そして「自分にもできることがあるんだ」という大きな可能性を彼は手にしたに違いない。

ハサミノチカラを介して見た、忘れられない顔

私自身、正直フィリピンでの二泊三日はキツイことも多々あった。まずトイレの便器に便座がなく、空気椅子状態になること、紙が備え付けられていないので、常にトイレットペーパーを持ち歩かねばならないこと。そして、お湯が出ないので、桶に貯めた水で髪や体を洗わなければならなかったこと。衛生面ではやはり日本での生活に慣れきっている者にとっては厳しいものがある。日本が恋しいと思う瞬間も何度かあった。来年は同行しないかもなーなんて考えが頭をよぎったりもした。

けれど、なぜか日本に帰国してから思い出すのは、不思議と子ども達、そして美容師達の笑顔ばかりなのだ。その時、「そうか、私は彼らのが見たかったのだ」とわかった。お金を得るためのビジネスとしてではなく、誰かのために自分のハサミノチカラを使った時の彼らの顔が。

美容師達がどんな顔でフィリピンの子ども達の髪をカットするのか、カットされた子ども達はどんな顔をするのか。それが見たかったのだ。人と人が触れ合うことで生まれる感情や空気感がどんなものなのか肌で感じたかった。そして、彼らの“顔”をこの目で見ることで、私の中の何かが変わるかもしれないと期待してもいたのだ。「またあの“顔”が見たい、次はもうちょっと踏み込んでもっと色々感じてみたい。来年もまた行きたい」いつのまにやら自然とそう思っている自分に気づいた。

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自分のチカラが、自分の存在意義になる

今回同行して、彼らを見て感じたことは、きっと「自分の技術が誰かの役に立つ」ということを実感できることが単純にとても嬉しいのだということ。

誰かの笑顔を見るのが好きなのだということ。自分のチカラが、誰かのチカラになる。誰かの笑顔が、自分の笑顔になる。ハサミノチカラという活動を通して、彼らは社会にとっての自分の存在意義を見つけようとしているのかもしれない。

ハサミがあれば、世界中の人たちと繋がれる。そんなスキルを持った美容師という職業を心から羨ましく思うと同時に、ハサミと自分の技術を使って、社会貢献しようとしている彼らは本当に素晴らしいと改めて感じた。

自分の技術を毎日のサロンワークだけでなく、何かに活かしてみたいと思っている美容師は実は多いのではないだろうか。その第一歩として、「ハサミノチカラ」に参加することで、自分の立ち位置や今後の具体的なアクションが見えてくるかもしれない。

私も「ハサミノチカラ」に出会わなければ、誇りと熱意を持って活動している美容師達に出会わなければ、フィリピンまで行くこともなく、単調な毎日を過ごしていただろう。

フィリピンでの彼らを見てからというもの、私にも何かできることはないか?と自分自身に問いかけ続けている。私も「ハサミノチカラ」に人生を少しだけ変えられた一人になってしまった。

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ライター

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編集者

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カメラマン

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遠藤真耶
ライター
美容業界誌2誌の編集長を務めた後、2017年3月よりフリーランスの編集者として独立。撮影のキャスティング業も並行して行なっている。