2枚目BOOKS #01 「越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方」(石山 恒貴・伊達洋駆著)
2枚目の名刺を持つ=社外で何かに取り組んでみたいという声をたくさんお聴きする一方で、「何をしたらいいか分からない」「一歩踏み出すのが不安」と感じるひともいます。
また、人材開発などの観点からそういった取組を組織に導入したい、NPOなどの団体を運営しながらそういった人材に参加してもらいたい、行政として地域の社会人の活動を活性化したいなど、「2枚目の名刺」というテーマには様々な関わり方があり、そして、それぞれの関わり方ごとに悩みもあります。
そんな悩みや課題に向き合うヒントになるような一冊を、NPO二枚目の名刺のメンバーが紹介する「2枚目BOOKS」。
第1弾は、広報ユニット兼サポートプロジェクトデザイナーの はまむー が、越境学習研究の第一人者でありNPO二枚目の名刺のリサーチパートナーも務めてくださってる石山恒貴教授(法政大学大学院政策創造研究科)が共著者として2022年に発刊した「越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方」(石山 恒貴・伊達洋駆著、日本能率協会マネジメントセンター)を紹介します。(書籍情報:https://pub.jmam.co.jp/book/b598880.html)
ちなみに本書は、日本の人事部「HRアワード2022」の書籍部門で最優秀賞を受賞するなど、今季発刊されたHR関連書籍の中でも注目されている一冊です。
1.「越境」するってどういうこと?
僕は現在、この二枚目の名刺というNPOでサポートプロジェクトデザイナーという役割を担っています。サポートプロジェクトデザイナーは、サポートプロジェクトに参加する社会人のチームに伴走し、その進行をサポートします。それは同時に参加する社会人の越境学習を支援する役割でもあります。
NPO二枚目の名刺での活動に参画していると、当たり前のように耳にする「越境学習」という言葉。
でも、サポートプロジェクトがどのように越境学習の機会になるのか、参加者にとってどういう意味があるのか、上手く説明できるかというとあまり自信はありません。
そんなとき見つけたのが、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(石山恒貴・伊達洋駆共著、日本能率協会マネジメントセンター)です。
共著者のおひとりの石山恒貴先生は、法政大学の教授で「越境学習」分野の研究の第一人者。NPO二枚目の名刺でも調査・研究でご指導いただくなど、大変お世話になっています。
本書では、ホームとアウェイを横断することが越境学習であり、それは個人にとってはもちろん、ひいては所属する組織にとっても様々な効用があるとしています。
自分の組織(ホーム)と組織の外(アウェイ)を行ったり来たりすることで多様な組織や仕事のあり方を知り、自分の組織の問題点や逆に優れている点を理解し、改善していくことが重要になりつつあります。それは僕自身が市役所(ホーム)とNPO二枚目の名刺(アウェイ)を行き来して、実感することでもあります。
本書はそんな越境について、自分の組織を飛び出すひとを「冒険者」と位置づけ、実際に越境学習に挑戦した社会人の具体的な体験談をつうじて、読者自身が冒険者として遭遇する事態や享受できるメリットなどを分かりやすく伝えてくれる一冊となっています。
2.チームのモヤモヤは学びの証
僕が初めてサポートプロジェクトデザイナーとして、ある社会人チームの伴走を担当したときのことです。
チームのメンバー間でテーマの捉え方に差があったり、そこで貢献できるスキルや知識も多様だったこともあって、なかなかスムーズには進まず、みんながちょっとモヤモヤしているのかなと思ったことがあったんですね。
そのときは何が起こっているのか理解できなくて、あまり効果的な介入もできなかった気がします。
でも、本書を読んでそこで起こったことを理解できた気がするんです。
今思えば、メンバーは各々日ごろ過ごしている「1枚目」の世界の価値観に強く影響されている一面があって、それが原因でモヤモヤしていたのかもしれません。
今だったら、本書を参考に「ホームからアウェイに越境した場では、普段の価値観を一旦脇に置くことも大切」とか「プロジェクトの中で感じるモヤモヤは越境学習の証拠」とか声をかけられる気がします。
「もやもやしたり、うまいくいかない」という一見、失敗しているような状態が、実は逆に越境学習が順調にいっている状態というのは、今後プロジェクトデザイナーをする上で重要な知識です。
プロジェクトがうまく進まず、もやもやしている状態に社会人メンバーが陥っていても、そのもやもやしている状態こそまさに学んでいる瞬間で将来の糧に経験をしている瞬間であることを伝えることができます。
僕らは言葉では「価値観はひとそれぞれだよね」と言いますが、それを実践しようとすると意外とできていないことがあると思います。言うのは簡単だけど、どんなふうに行動したらいいのか難しいですよね。
そこも本書にヒントがあります。
本書では、価値観の多様性を理解する有効な手段として越境学習の中で、多様なアイデンティを持ち、「いろいろな立場の自分」に出会うことが大事だと言っています。「1枚目」の立場の自分と「2枚目」の立場の自分という、同じ自分だけの異なる立場を持つ自分を体験することが多様性の理解に寄与します。
その結果、「私はこういうことを考えているけど、相手はこう考えているんだな」と自分と相手を俯瞰してみることができるようになります。それによって「こちらが正しくて、あなたが間違い」という思考に陥ることを防ぎ、価値観が違うひと同士の対話、協働が生まれるんです。
3.モヤモヤし続けて、考え続けるのが大切
本書の中で、特に印象に残っているのが「認知的不調和をあえて解消しない」という考え方です。認知的不調和というのは、本書の中で「自分の認知とは矛盾する認知を抱えた状態」と説明されています。
普段、僕たちは認知的不調和を解消するように、捉え方を変えたり、行動したりしがちです。好きじゃなくてもやらなければいけない仕事に取り組むことを正当化したりしますよね。
でも、越境学習では、異なる価値観に出会うが、それを無理矢理、首尾一貫したものとして整理するのではなく、「異なるもの」であると自覚して、モヤモヤしたまま考え続ける、つまりは認知的不調和を解消しないことが大切だと著者らは主張します。本来解消しえないものを、無理矢理一括りにして解消することは望ましくないのです。
相手の心の中を丸っと理解するのは難しいですよね。でも理解しようとする態度、姿勢を見て、互いに対話できる関係性がうまれ、協働できるようになるということなのかもしれません。
自分の言葉が相手にヒットしていないと感じられても、相手が理解しようと相槌を打ったり頷いたりしてくれると、好感をもち歩み寄りが起こり、協働が生まれる。
ひととひとは本当のところでは理解し合えませんが、複数の組織で複数の価値観に触れて経験した葛藤が、理解しようとする努力につながるのです。複数の組織に属し、様々アイデンティを獲得し、それを調停し、あえて認知的不調和を解消しないことが大事であるという考え方は、本書から得られたとても大きな学びです。
4.誰もが冒険者になれる
本書を読んで学んだのは、その経験が越境学習となるには、単に自分の組織であるホームを飛び出すだけではなく、自分の組織での「当たり前」を疑い、飛び出した先の組織の文化や方法に衝撃を受け葛藤する必要があるんだということです。
これは、外に飛び出したときに自分の価値観に固執せず、初めて接する外の価値観とのギャップを調停する努力ができれば、様々な機会で越境学習としての学びが得られるということですよね。
いやいやPTAだとか町内会に参加するひとでも、その苦しみの中に学びが得られることがあるはずだし、NPO活動じゃなくても誰もが「冒険者」になれるということです。
だから、今いる組織を飛び出して、何かを学ぼうとしている人には、ぜひ本書をオススメしたいです。
実は僕はお目にかかったことがないのですが、共著者の石山先生には、チャンスがあれば越境学習の伴走者に要求される能力や資質のことも教えていただきたいのです。
僕らサポートプロジェクトデザイナーにとって、参加者の越境学習の支援のために「どれだけ介入したらいいんだろう?」というのは、大きなテーマの1つなので。
ライター
編集者
カメラマン