【医師の2枚目の名刺】北海道の医師が本業とは別にソーシャル事業を立ち上げたワケ
地域ごとに多職種ネットワークを構築し、がんをはじめとする病気をもっても、その人らしく生きられるための様々なサービス開発をしている一般社団法人CANnetは、有給スタッフを配置せず、“2枚目の名刺”として携わるボランティアスタッフのみで運営されている団体です。
代表理事の杉山絢子さんも、北海道の地で医師としての1枚目の名刺を持ちながら、全国に散らばる約60名のコアメンバーとプロジェクト等に参加するスポットメンバーを率いる2枚目の名刺ホルダー。
今や札幌、旭川、帯広、東京に4拠点を構え、日本各地にコミュニティを持つCANnetが、ボランティアスタッフだけで事業を継続できている理由や、人と人との心地良いつながりを生み出すためのコミュニケーションの工夫を、自身も会社員としての1枚目の名刺を持ちながら、NPO法人を運営している二枚目の名刺の代表・廣が伺いました。
金銭的な報酬に頼らない“2枚目の名刺”的なコミュニティ運営を目指している方はもちろん、組織運営やマネジメントの在り方を模索している企業の方も、ぜひ参考にしてみてくださいね!
(右)一般社団法人CANnet 代表理事 杉山絢子さん
(左)NPO法人二枚目の名刺 代表 廣優樹
「医師×一般社団法人代表理事」杉山絢子さんの“2枚目の名刺”
廣:僕も会社員をやりながら二枚目の名刺を立ち上げて10年になるのですが、仕事をしながらもう一つの役割を持つことの難しさを感じることがあります。CANnetは “2枚目の名刺”として活動されている方々だけで運営されていますよね。そもそもご自身も2枚目の名刺として団体を運営されている杉山さんが、どのようにメンバーのモチベーションを保っていらっしゃるのか、そこにどのような工夫があるのかを教えていただきたいと思っています。
まずCANnetが何をしている団体なのかということを、改めてお聞かせいただけますでしょうか。
杉山さん:CANnetは、「病気になっても、自分らしく生きられる社会を実現する」をビジョンに活動している一般社団法人です。
自分自身の病気体験や父の看取り、あとは本業で医師として働く中で、医療だけでは病気の方が“その人らしく生きられる”ようなサポートをすることができないのではないか、とある種の限界を感じたことから、2013年に設立しました。
廣:1枚目の名刺だけでは解決できない、今ある制度ではどうにもならない、患者さんやそのご家族の悩みや困りごとに寄り添うようなサポートを、事業として行われているということですね。
杉山さん:はい。よく医療関係者は「人を診ないで、病気だけを診る」と批判を受けますが、忙しい病院の中で働いていると、治療だけに集中してしまいがちです。もちろんそうではない医師もいるのですが、今ある制度・仕組みの中だけではどうしようもできないこと、大事にされていないこともある。そこにモヤモヤとしたものを抱えていました。
廣:医師を目指す方の多くは、「医療を通じて人のケアをしたい」というところに起点があると思うのですが、杉山さんが「医療を超えた部分で」人のケアをしたいと思うようになったのは、ご自身の病気体験やお父様の看取り体験にあるのですか?
杉山さん:そうですね。高校生の頃に入院した際に、「私が困っている部分に関しては、医療者はあまり多くを感じ取ってくれないんだな」と思ったこともきっかけの一つになっています。
あとは、大学生の頃に父が肺がんを患い、他界したのですが、その経験も大きかった。人が一人亡くなる時って、本当に様々なことに直面するんです。父は小さな会社を経営していたので、会社を解体することも必要でした。父の友人たちがサポートしてくれましたが、知識を持たないために、「これでいいのかな」と不安な部分もあって。それに、医学生でも、心拍数が落ちていくような状況を受け止めることは、やっぱりとても苦しかったんです。心が押しつぶされそうな中、試行錯誤で進んでいく怖さをすごく感じましたね。
廣:医療を学んでいた杉山さんでさえそうなのだから、僕ら医療の知識を持たない者にとっては、より戸惑うことも多いと思います。病気や治療はもちろん、法律や福祉、心のケアなど、病気をきっかけに発生する様々な問題についても包括的にサポートしてくれるのがCANnetなんですね。
(相談者の気持ちを受け止め、その方の価値観に沿って有用な情報・サービスに橋渡しをする
CANnetの「チームがんコンシェルジュ」は、杉山さんの原体験がもとになっています。
※画像は杉山さん提供)
社会の変化に合わせた事業目的の変革
廣:団体設立から7年、社会の中での役割が変わってきたような感覚はありますか?
杉山さん:はい。「何でも相談できる窓口があったらいいな」というところからCANnetをスタートさせたのですが、とても喜ばしいことに、各地の病院・行政などが同じような取り組みを始め、相談できる場所が増えてきました。
もちろん相談窓口も引き続き運営していきますが、次に私たちが目指していきたいのが、「ゆるやかでありながらも、信頼できるネットワークを創っていくこと」です。組織や地域の壁を超えたネットワークを創り、顔の見えるつながりを生み出すことで、「この人がくれた情報だから安心」「この人がつないでくれた人だから安心」といった、心のセーフティーネットを広げていけたらと考えています。
廣:やはり社会の変化に応じて、団体の事業や目的も変わってくるのですね。
杉山さん:そうですね。その時々の社会に足りていないものを発見し、それを解決するための仕組みを生み出していけたらいいですよね。
廣:今、CANnetの中には、どのようなコミュニティがあるのですか?
杉山さん:CANnetのコアメンバーとして、相談業務に携わったり、「CAN path(キャンパス)」という『社会人の「生きる」を学ぶ場』をコンセプトとした勉強会を主催したり、新しいサービスを作るためのプロジェクトを立ち上げたりといった、団体をエンパワーメントする役割を持つ60名ほどのコミュニティと、勉強会やプロジェクトへの参加を通じて、スポットや短期間で協力、賛同をしてくれる人たちのコミュニティがあり、ともに広がってきています。何か困りごとがあった時に、誰かに相談したり、情報がもらえたり、そんな地域を跨いだコミュニティができ上がっています。
廣:全部自分たちでやるわけではなく、「ハブになっている」ということですよね。
杉山さん:はい。まさに「よきハブになる」というのが目標です。自分たちで全てを抱えるのではなく、自分が困った時には誰かにつながるし、誰かが困っていたら、誰かにつなげる人になりましょうって。
つながっているだけで価値がある「実家のような場所」
廣:メンバーにはどのような職業の方が多いのでしょうか?
杉山さん:看護師、理学療法士、薬剤師、医師など、医療関係の方が3割くらいでしょうか。あとは弁護士、行政書士、社労士など、士業関係の方。会社員の方も多いですし、福祉や介護、美容関係の方もいらっしゃいます。職業は幅広いですよ。
廣:メンバーのモチベーションは、杉山さんと同じように本業ではカバーできない部分をサポートしたいとか、そんな枠組みを創りに行きたいというところにあるのでしょうか?
杉山さん:医療や士業関係の方は、職業上の問題意識を持っていることもありますが、半数以上は自分が病気や看取り、死別などで、何かしらの苦労をした経験が背景にあるように思います。「自分が経験したことを他の人がしなくても済むように」という思いで来られる方も多いですね。
「自分が自分らしくいられる場所」として、CANnetを捉えてくださっている方もいます。安心できる場所、ほっこりできる場所、実家みたいな場所、と言っていただくこともあります。それもあってか、しばらく離れていても、戻ってこられる方も多いんですよ。
(画像:杉山さん提供)
廣:メンバーにとって「心地良い場所」であるために心掛けていることはあるのでしょうか?
杉山さん:CANnetでは、「何かしないと価値がない」のではなく、「つながっているだけで価値ですよ」というメッセージを事あるごとに発信するようにしています。
何となく浸透しているのか、困っているメンバーがいたら誰かが声をかけていたり、誰かをそっとつないでいたり、自分のライフイベントで困った時はヘルプを出したりしているので、内部のコミュニティとしての機能やセーフティネットとしての機能は果たせているのだと思いますね。
廣:素晴らしいですね。
杉山さん:こうしたコミュニティって本当にありがたいんですよ。私も母の介護をしながら働いていた時期に、介護・福祉関係のメンバーたちに助けられたことがありました。自分で調べたりするよりも断然早いですし、安心感がありましたね。
(画像:杉山さん提供)
>後編に続く
後編では、金銭的な報酬に頼らないコミュニティ運営のコツをお聞きします。
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編集者
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