会社初の育休取得と週2日のお迎え。“5枚の名刺”を持つ彼女の夫が取り組んだ「働き方改革」の背景
NPO法人二枚目の名刺でサポートプロジェクトデザイナーとして働きながら、他2つのNPOの活動と自由大学の講座を持つ1児の母、海野千尋さん。
彼女のパラレルワークは、男性としては勤務先で初の育休を取得し、フレックス勤務に切り替え、保育園への週3日の送りと週2日の迎えを担う夫とのパートナーシップがあってこそのものだ。
【後編】では、そんな夫婦の役割分担が、現在の形に至るまでのストーリーをお届けする。
前編はこちら↓
夫婦で出した最適解
「子育てにおいて、『母乳をあげる以外は何でもできる』と言い、実際に行動する人」。
彼女は夫をこう表現する。
こうした夫を羨ましいと思うワーキングマザーは多いだろう。2017年度の男性の育休取得率は、過去最高とは言え5.14%(女性は83.2%)。
休日子どもと遊んだり、朝の保育園送りをしているパパの姿はよく見かけるが、「平日はワンオペ育児(※)」という現状はまだ根強く、男性が定時よりも前に帰宅し平日夜も子育てに携わる例はまだまだ珍しいようにも思う。
しかし、こうした形で育児参加をしている彼女の夫は、「協力している気はさらさらない」と言い切る。「今の働き方は、夫婦で出した最適解だ」と。
ではどのようにして、海野さん夫妻は、世のママたちが羨む最適解に辿り着いたのだろうか。
「子育ての全ては担えない!」妻が夫に出した選択肢
「洗脳と脅迫です」―――。
そこに辿り着くまでの経緯を、彼女の夫はこのように表現したそうだ(もちろん冗談で、である)。「洗脳」も「脅迫」も、穏やかなワードではないが、一体何があったのだろうか 。
「私の中には、夫に育児休業を取ってほしい理由が2つありました。1つは、私が子育ての出発地点に一人で関わるということが恐怖しかないということ。”孤育て”による出産女性の産後うつになる状況や自殺の増加傾向、子どもへの虐待などの問題を知識として得ていたので、もしかしたら私自身が産後子どもを虐待するかもしれないと大きな危機感を持っていました。
もう1つは、出産前後に妻から夫への愛情が減り、そこからなかなか数値が上がらない、というデータが出ており、結果熟年離婚につながっているのではと言われているから。産後にお互いのチーム感やタッグ感がないことが後々まで響いて、最終的に離婚に至るというケースがあるようですが、私たちはどうしますか? あなたはどの道がいいですか? と2つの理由を元に夫へプレゼンテーションしたわけです。」
「子育ての全ては担えない」と思っていた彼女は、夫に“選択肢”を示した。
そもそも、夫は子どもを望んでおり、彼女自身はものすごく子どもを望んでいたというわけではなかったことも背景にある。自分の母親がいわゆるワンオペ育児で子育てを担っている過去を見てきて、子どもを持つことはとても大変なことなんだ、育児と仕事の両立はしんどいんだという固定観念を持っていたからだ。
「子どもを持つのであれば、それがなるべく楽しく幸せな道になるように、フラストレーションが溜まらない方法を話し合いたいなと思っていて。楽ではないとわかっていて産んで欲しいというのであれば、お互いができることをやっていくことは当然だと思っていました。」
きっとそんな彼女の思いが、ある意味「洗脳」となって、夫を育児へと向かわせたのかもしれない。時には夫からの「なぜ子どもを持ちたくないのか、その理由を説明して欲しい」という問いに立ち止まりながら、自分たちの家族の形を探っていった。
あっさり崩れた「母親はしんどい」という固定観念
夫からの「なぜあなたは子どもを持ちたくないのか?」という問いを受けた彼女は、一度その理由を調べてみることにした。そこで辿り着いたのが、幼少期に見た母親の姿だった。
「私が育った家庭は父親が離れて暮らしていたので、いわゆるサザエさんの風景はありませんでした。結婚し、好きだった仕事を辞めて、家業の一部の仕事も担っていた母親が、夕飯時に食器を洗っている後ろ姿が強いイメージとして残っていて……。家にいない夫と、家事、育児、仕事を一手に背負う大変そうな母。『母親ってしんどいんだ』『子育てって大変なんだ』というのが固定観念として強くありました。」
夫にそのことを伝えると、「事実としてそうだったのかを確かめてみたことはあるのか?」という更なる問いが与えられた。それで、家族に話しを聞いてみると……。
「弟に聞くと『そのような悲壮的なイメージは全くない』、母親からは、『子育てはとっても楽しかった』という言葉が返ってきたんです。『周りにサポートの手もたくさんあって、その人たちに常に支えてもらっていたから、つらかった思い出は一切ない』と。衝撃を受けました。私が30数年思い描いていた、あの悲観的家族像は何だったのだろう、って。」
彼女は幼少期からずっと持ち続けていた家族像が、自分が勝手に抱いていた固定観念であり、一人で苦しみ、背負っていただけだったのだと気づく。
自分なりの「家族の定義」を明らめる
彼女は今、自由大学で「ネオ・ファミリースタイル学」のキュレーターを務めているが、“家族とはこういうものだ”と人々が生活する過程で身につけてしまった固定観念を崩し、自分なりの「家族の定義」を作ることを目的としている。まさにこの時の原体験から生まれたような講義だ。
毎回新しい家族の形を体現しているゲストを招き、話を聞く。さらにホームワークで内省したり、家族の話を聞いたりすることで、各々が「こうだといいな」と思う家族のスタイルを定義していく。そこには自分が育った環境や世間一般の固定観念は存在しない。
「私たちの家族を貫いている言葉ってこれだよね、というのを言語化しておくと、家族内できちんと対話ができるようになると思うのです。」
もちろん彼女の家族にも定義(決まりごと)があり、子どもがある一定の年齢になったら、それに賛同するかどうかを尋ねてみるつもりだと言う。
「もし賛同しかねると言われたら、別々に暮らすという選択をするかもしれませんし、彼女の意見を加味したものに再定義するかもしれません。一緒に暮らすのであれば、なるべく気持ちの良い決まりごとを共有できていた方がいいと思うので。」
相手が誰であれ、彼女が当たり前のように行なっているのが「対話」だ。家族を成す者たちで共有する「家族の定義」をも、対話のツールにしているのだ。
夫の育児休暇取得への道のり
夫の育休取得を望む妻は多いだろう。
彼女の夫を育休取得に向かわせたものは、妻の不安や危機感の共有という名の洗脳と脅迫以外に何かあったのだろうか?
「出産前後の男性の意見をたくさん共有していました。育休を取得した男性のブログや男性の働き方関連のイベントをシェアしたり、男性視点で描かれた出産・育児に関わる漫画や体験本を読んでもらったり。」
夫と同じ男性経験者の声を聞かせる方が、よりリアルな感覚が得られるだろうと思ったそうだ。
夫は産前から上司や同僚に情報共有しながら育休取得の準備を始め、産後1ヶ月後から、1ヶ月間の育休を取得した。会社で男性育休取得者第1号であることは、前述の通りだ。
「産後に二人で育児をするために、自分と同じレベルの知識をインプットしたり、これから子どもを育てるんだという感覚を持っておいてもらいたかったのです。女性は産院に行ったり、コミュニティがあったりして、情報をインプットしたり親になることを実感できる場が豊富にありますが、男性は自分で能動的にステップを踏まなければ、”親になる”という感覚に女性とのギャップが起きそうだと感じました。」
女性側と同等の知識や感覚が持てるよう、妻が夫に情報発信する。産後1ヶ月で体内や骨盤が安定していない状況の妻が育児で疲れて寝てしまっていても、「どうして今ゆっくりしていられるの?」と夫が疑問に思ってしまわないように……。そしてそのお互いの認識のずれがゆくゆくは理解や愛情が欠落し熟年離婚につながらないように……。イライラのポイントをなくすためにも、お互いができ得ることを知るための努力が必要なのだ。
お互いの考えを確認し合う、年1回の家族会議
WOMAN TIESのレポートでも紹介したが、海野さん夫妻は年に1度「露木(※海野さんの現姓)サミット」を開催し、アジェンダを立てて話し合っている。例えば、「住宅購入について、家計について、子どもの教育について」といったテーマに関することだ。
「それぞれが各テーマについての考えを話し、私が議事録を取って、最後に次回のアジェンダを決めます。『新しく始めたことはなんですか?』『今興味がある人やモノ、コトはなんですか?』といった、定点観測にしている質問項目もあります。そこで、『どういう働き方がしたいですか?』『どういう暮らしを望みますか?』というのもその一つです。」
その時々でお互いの考えや大切にしたいことを知っているからこそ、ジェンダーは関係なく、同じ家庭を築くパートナーとして「自分ができることはやる」「今は自分がここを担う」という役割分担ができるのかもしれない。
自分を知り、相手を知り、支え合う
前後編に渡り、いくつもの活動を同時並行する海野千尋さんのお話しをお届けした。
彼女のワークスタイルとライフスタイルに共通するのは、「自分を知る」ことが起点になっているということではないだろうか。その上で、「相手を知り、自分を知ってもらう」努力をすることで、仕事においても、家庭においても、パラレルキャリアをも可能にするスムーズなパートナーシップを築いている。
「誰かに頼ることは、悪ではないと思います。仕事も子育ても、誰かと何かを一緒にやろうとするとコントロールできない部分も多い。自分の状況を冷静に見て、助けてと言えるとか、これは辞めますと言えることは大事だと思います。それが言えるということは、少なくとも自分はこうなったらいっぱいいっぱいになるということを理解しているということだから。自分の許容量を把握すると同時に、人に頼ったり、時に立ち止まったりしながら、その時の関心ごとに取り組んで行けたらいいなと思っています。」
筆者は当Webマガジンで、数ヶ月間業務を共にしていた。
彼女とチームを組んでいて心地良いのは、自分をオープンにしてくれるだけではなく、「対話」によって関わる人たちのことを知ろうとし、メンバー全員にとっての“最適解”の中で業務を進めようとする優しさがあるからだと実感している。
(参画当初、子どもがいるなど制約のある二枚目の名刺スタッフ同士のコミュニケーションを深めるべく、
「オンライン飲み会」を企画してくれたのも海野さんだった)
仕事をしていると、想定外の出来事が起こったり、人に助けを求めなければならない局面に出くわすことが多くある。2つ以上の場所で働いていたり、子育てをしたりしている場合はなおさらだ。だからこそ、自分の状況や抱えている仕事の内容、ボリュームをシェアしながら、仲間や家族とうまく協力していく必要がある。そのためにも、自分を知り、相手を知り、自分を知ってもらう努力を怠ってはならないのだと、改めて気付かされた。
自分とも、相手とも、常に「対話」を続ける。それが海野さんが“5枚の名刺”を持ちながら、組織の中でも家庭でも、自由に、柔軟に、やりたいことができる理由なのだ。
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(※)仕事、家事、育児のすべてを一人で回さなければならないこと。
ライター
編集者
カメラマン