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ラグビーワールドカップの経験をパラスポへ活かそう!~パラリンピックが1年延びたいまだからこそ私たちができること~

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新型コロナウイルスの影響から、今夏開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックの開催が1年延期されることが決まった。

このような状況だからこそ、あらためて1年後に開催されるイベントと、イベント後もパラスポーツを日本に根付かせるためにどんな事ができるか、考えてみたい。

パラリンピックでは20以上の競技が実施される予定だが、もちろん、パラリンピックに出場する競技だけがパラスポーツではない。パラスポーツの選手やその関係者が情熱や理念を持って活動する一方で、団体の多くは「人が足りない」「世の中にあまり知られていない」など、多くの課題をかかえている。

選手や運営団体とはまた違った立場で、パラスポーツを盛り上げるひとつの方法がある。それが、社会人が2枚目の名刺を持ち、かかわることだ。

今年度、東京都は「Tokyoパラスポーツ・サポートプロジェクト」として、2枚目の名刺のサポートプロジェクトの仕組みを使い、社会人が4つのパラスポーツ団体を3ヶ月間サポートする取り組みをおこなった。

2月13日には、日比谷ミッドタウンBASEQにて「障害者スポーツ団体基盤強化事業〜Tokyoパラスポーツ・サポートプロジェクト〜事例発表会【ラグビーワールドカップに学ぶ、パラスポーツをブームからムーブメントに!】」を実施。イベントはサポートプロジェクトの取り組み発表のほか、ラグビーワールドカップ2019を広め、支え、盛り上げた廣瀬俊朗さんと中田宙志さんを迎えたトークセッション、来場者参加型グループワークの三部構成。

100人以上が来場し、盛況の中幕を閉じたイベントの模様を、前後編の2回に分けてレポートする。ここから、パラスポーツを盛り上げるヒントを探っていきたい。

社会人の力がパラスポーツを盛り上げる

イベント冒頭で挨拶をする加藤みほ部長。イベントでは、聴覚障がいを持つ参加者向けに手話通訳も実施された

東京都オリンピック・パラリンピック準備局障害者スポーツ担当の加藤みほ部長は、イベント冒頭で「都内を統括する障害者スポーツ(パラスポーツ)は、事務局の体制や運営基盤が万全ではなく、非常に限られたスタッフが苦労して支えているケースが多いのが実情。今回のサポートプロジェクトもその一環ですが、さまざまな社会人の力を活用し、競技団体がかかえる課題解決をはかり、パラスポーツが普及・発展することを願っています」と語った。

パラスポーツを一過性の話題や流行で終わらせない方法のひとつとして、社会人がもつ力を活かすことが大きく期待されているようだ。その後は、NPO二枚目の名刺代表の廣優樹から、二枚目の名刺の活動とサポートプロジェクトの仕組みについて紹介。

「サポートプロジェクトは、誰かに与えられたものではなく『私はこれをやりたい』と手をあげて行うことがポイントです。いくつかのNPO等のプロジェクトの中から共感するプロジェクトを見つけ、参加していくことになります。今回はサポートプロジェクトの仕組みを使い、サポート先をパラスポーツの運営団体とし、取り組みました。パラスポーツを『ブーム』から『ムーブメント』にするきっかけになる取り組みにできたら、と思っています」と語った。

ラグビーワールドカップのために下した決断

第一部では、ラグビーワールドカップ2019年アンバサダーをつとめ、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』浜畑譲役の熱演も記憶に新しい廣瀬俊朗(ひろせとしあき)さん、商社勤務経験を持ち、ラグビーワールドカップ2019組織委員会人事企画部長、経営企画部副部長をつとめた中田宙志(なかたひろし)さん、廣瀬さんとは大学ラグビー部の後輩・先輩だったNPO法人二枚目の名刺代表、廣の3名によるトークセッションがおこなわれた。

左から2番目から、廣瀬さん、中田さん、廣。

大盛り上がりで幕を閉じたラグビーワールドカップ2019。廣瀬さんは公式アンバサダーとして、中田さんは組織委員会としてかかわった。それぞれどのような目的意識を持っていたのだろうか。

廣瀬:去年のいまごろ、世間のラグビーワールドカップの認知度は70%程度といわれていましたが、僕は絶対にウソだと思っていて。「このままじゃアカンな」と思っていました。当時は東芝にいましたが、東芝のいち社員として、ラグビーワールドカップに携わるのは、違うなと考えていたんです。会社は大好きでしたが、自分のすべてを費やすために、東芝をやめることにしました。

その矢先に、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』の出演の話が来たんです。話を聞いてみて、日曜劇場のありかたや監督の姿勢もすごくいいなと思ったので「イヤやけど、がんばろう」と(笑)。元選手として、コミットすることにしました。

中田:僕はもともと、高校時代はラグビーをやっていたんですが、社会人になってからはラグビーから離れた生活を送っていました。ところが、仕事でオーストラリアに駐在していたときに、ドレッドヘアでおなじみの堀江選手夫婦から「部屋を探しているんだ」という話を聞き、「とりあえずうちに住んだら」ということになり、家が見つかるまでの2ヶ月間、僕の家に住んでたことがあるんです。

あとは、仕事でかかわるビジネスマンから「ラグビーワールドカップって、全然盛り上がってないよね」と言われたりして。「これ、アクションを起こさないと何も変わらないよな」と思いました。僕の場合、当初はものすごく熱い目的意識があったわけではないのですが、接した人に動かされ、自然と後押しされたかたちですね。

廣瀬さんがプレーヤーの延長でワールドカップにかかわることになった一方、中田さんは、会社員をやっていた時のちょっとしたきっかけがワールドカップにつながっていった。パラスポーツでも、多くの人にかかわるきっかけを提供することが大事になってくるといえるだろう。

「思いつき」をかたちにするヒント

今回のラグビーワールドカップにおいて、廣瀬さんの活動で話題となったのが、「スクラム・ユニゾン」だ。

スクラム・ユニゾン…ラグビーワールドカップ出場国20ヶ国の国家やアンセムを覚えて歌うことで、世界から日本へ観戦に来た人たちをおもてなしするプロジェクト。スタジアムやパブリックビューイングなどさまざまな場所で歌い、YouTubeにアップした。音楽家、歌手、映像、広報担当など7人のメンバーで構成。

社会人が「パラスポを盛り上げたい」「ただ応援するだけの立場から一歩踏み出したい」と考えたとき、自分なりのアイデアが生まれることもあるだろう。しかし、それをかたちにするためには、自分ひとりの力ではむずかしいこともある。このユニークな取り組みはどのようにして生まれ、どのような工夫があったのだろうか。

廣瀬:僕はアンバサダーというオフィシャルな立場ではあったのですが、イベントを盛り上げるために積極的に行動を起こしていく場って、実はそんなに多くなかったんですね。そこで「自分なりの活動をなにかひとつできたらいいな、海外から来る人たちをいい形でおもてなしできないかな」と考えていて。朝目覚めたときにパッと思いついたのが「スクラム・ユニゾン」でした。

参加国の国家を歌うことで、言葉はわからなくてもその国の人たちと友達になれるし、自国以外の国の成り立ちに興味を持つきっかけにもなる。かたちには残らないけど、そこに参加した人たちの心のなかに思い出ができるし、すごくいいプロジェクトになりました。

やりたいことをかたちにするためにやったのは、「得意な人にまかせる」こと。歌う人、映像を撮影する人、活動を広める広報をやる人。自分で全部やらず、得意な人と一緒にやったのがよかったと思います。

一人だけでやろうとせず、チームを組んでそれぞれの強みを持ち寄るという発想は、社会人がパラスポーツを盛り上げるために行動していくときにも活かせそうだ。

大きく考えすぎず行動してみる

スポーツイベントと社会人とのかかわりについて、中田さんはこう語る。

中田:スポーツイベントのいいところは、かかわった人みんなが仲良くなれること。ラグビーワールドカップではボランティアスタッフのみなさんが一体となり、特別な雰囲気でした。スポーツイベントにかかわるときに大事なのは「あまり大きく考えすぎない」ことだと思っていて。

今回の東京オリンピック・パラリンピックにも公式のボランティアスタッフがいますが、そういう参加のしかたでなくても、スクラム・ユニゾンのようなことをしてもいいし、自分の地元の居酒屋を盛り上げるために何かやる、でもいい。身近なところで楽しんだり、かかわったりする方法があると思います。東京パラリンピックの公式ボランティアスタッフの募集は終わっていますが、いまからでもかかわれるパラスポーツのプロジェクトは、実はたくさんあるんです。地域や団体などから探してみて、ぜひ参加してみるといいと思います。

廣:スポーツでは「する」「見る」以外に、最近では「支える」がいわれるようになってきましたよね。僕は学生時代にラグビーをやっていましたが、大学4年のときに2回脱臼して、肩が使いものにならなくなってしまって。まずそこで「する」はできなくて。「見る」も、僕の子どもは全員女の子で、娘たちはラグビーには興味がないから。今回のラグビーワールドカップでも、録画していたアイルランド戦を見ようと思ったら、上から『サザエさん』が録画されていたくらいで(笑)。

いまは、時間はたくさんは割けないものの、自分を育ててくれたスポーツでまた誰かがいい経験をする、そういう「支える」への関心が高いんです。「支える」には、いろんなやりかたがある。スポーツ団体の運営に携わるのもそうだし、大会やイベントの発信を一緒にやるというのもそう。お手伝いというより、一緒になってやる意識で関わっている人も増えてきています。

ただ、「これをやりたい」というのがなかなか見つからないことも多い。今回サポートプロジェクトに参加した人たちも、最初から「このパラスポーツにかかわりたい」というより、たまたま団体の話を聞いて「私はこの団体にかかわってみたい」というケースが圧倒的に多い。

会社で働いていると「この仕事をやれ」「あの部署へ異動」とか、自分の意志とは関係ないところで決まることがあると思うんです。一方、2枚目の名刺は自分で決めるもの。自分がやりたいことをやれる喜びとか楽しさがありますよね。

ムーブメントの効果はパラスポにも

廣:今回のイベントのテーマは「パラスポーツをブームからムーブメントに!」ですが、廣瀬は、パラスポーツにもかかわっているんだよね?

廣瀬 :僕と同い年のラグビー仲間が頚椎を損傷したことをきっかけにウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)をやるようになり、今はアシスタントコーチをしています。僕は彼と一緒に、ウィルチェアーラグビーのイベントなどにボラン ティアでかかわり、このスポーツを多くの人に知ってもらえるように活動しています。

ウィルチェアーラグビーはまだ認知が低いのですが、ラグビーワールドカップでラグビーが日本でも知られるようになり「ウィルチェアーラグビーっていうのもあるんだ」「パラリンピックの競技なんだ、応援しよう」というふうに、知ったり興味を持ってたりしてくれるようになってきています。

(ウィルチェアーラグビーは)体育館で実施するので、音が分散しないという特徴があります。あとは 男性だけじゃなく女性もプレイできる。男女一緒にできるのも、おもしろさのひとつだと思いますね。

ラグビーワールドカップがムーブメントになったことで、ラグビー以上に知られていなかったパラスポーツのウィルチェアーラグビーが注目されはじめている。これも、選手や運営という立場からでなく大会にかかわろう、自分にできることをしよう、と考えて行動した廣瀬さんの影響も小さくないはずだ。

メンバー同士の距離を近づけるための工夫とは

ボランティアなど、スポーツイベントにかかわる人たちの雰囲気やそのありかたも、以前とは変化してきている。ここにも、パラスポーツを盛り上げるためのヒントがありそうだ。

廣:ボランティアというとなんとなく「献身的に真面目に支えていこう」みたいなイメージが、ちょっと前まであったと思うんです。でも今は、ラグビーワールドカップ以外に東京マラソンなんかもそうだし、ボランティアのみなさんがすごく楽しそうにしていますよね。社会人が今回のパラスポのように何らかの形でスポーツイベントにかかわる場合、異なる価値観同士の人たちが集まることになりますよね。そこを一体化させる秘訣ってありますか?

中田:ラグビーワールドカップのボランティアスタッフの雰囲気で僕が目指したのは、東京ディズニーランドで楽しそうに掃除をしているスタッフのようなイメージ。警備も楽しそうにやるとか、セキュリティの領域でもそういう雰囲気をつくることを大事にしていました。

今回、ラグビーワールドカップでボランティアの方々をまとめる立場として「人間としての基本」こそ大事にするべきだな、と学びました。大きな声であいさつをする、「何かできることはありますか?」と自分から聞くとか、そういうところが意外と大切だったりするんですよね。僕は商社時代、全然できていなかったことですが(笑)。

廣瀬:「相手に寄り添うこと」ですね。スクラム・ユニゾンも、他の国の国家を歌うことで、その人たちに寄り添った。あとは、相手の名前を覚えてニックネームで呼び合うとか、毎日ひと声かけるとか。ちょっと声をかけるだけで、相手のコンディションがいいのか、調子が悪そうなのかもわかりますから。人間として、お互いに関係性をつくっていくことが大事だと思います。

廣:なるほど、お互いの距離を近づけるために声がけが効果的なんですね。これも、社会人が協力し合ってパラスポを支えたり、かかわったりするときに意識するとよさそうですね。

ニックネームって、バカにできないですよね。サポートプロジェクトでは、はじめて会ったときにメンバー同士、お互いニックネームをつけるんです。そうすると、お互いのバックグラウンドとか会社での肩書きとか、関係なくなっていく。

あるメーカーで部長をしている男性が、二枚目の名刺のメンバーにいるんです。彼がはじめてサポートプロジェクトに参加したとき、年下のメンバーからあだ名で呼ばれて、最初は「ふざけんな」と思ったそうです。でも呼ばれるうちになじんできて、気持ちもどんどん、ほかのメンバーと一体化してきたそうで。

価値観やバックグラウンドが違う社会人同士だからこそ、距離を縮めるちょっとした工夫を加えることで、協力してパラスポーツを盛り上げていけることになるだろう。

「掛け合わせ」で生まれるもの

トークセッションの最後に、パラスポーツや東京パラリンピックに対して、「やる」「見る」ではなく「かかわりたい」と考えている社会人へ、廣瀬さんはこうアドバイスした。

廣瀬:スクラム・ユニゾンが「ラグビー×歌」の掛け合わせだったように、「掛け合わせ」はすごく大事だと思います。掛け合わせることによってイノベーションが起きたり、今までなかったものができたりする。まずは、小さなことでもアクションしてみること。反応が悪ければやめてもいいし、とにかく「一歩動く」ことをやってみてほしいです。

昨年のラグビーワールドカップまでは日本のラグビーの知名度はそれほど高くなく、世間の関心も強いとはいえなかった。しかし今回ここまで大会が盛り上がったのは、選手たちのがんばりはもちろんだが、廣瀬さんや中田さんのように大会を支えたり盛り上げたりするために注力した社会人の力も大きいことは間違いない。

パラスポーツも社会人の力が加わることで、ラグビーワールドカップのように単なるブームだけでは終わらず、可能性を広げていけるだろう。

後編では、Tokyoパラスポーツ・サポートプロジェクト事例発表と、グループワークの模様をお届けする。

写真:松村宇洋(Pecogram)

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手塚 巧子
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1987年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社勤務等を経て、ライター・編集者として活動中。ビジネス、社会問題、金融、女性・学生向け媒体など、幅広いジャンルにて記事を執筆。小説執筆も行い、短編小説入賞経験あり。