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「憧れは、にじいろ」学校以外の世界が教えてくれたこと

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先生と子どものユーモア溢れるやりとりを描いた絵本「せんせいって?」の作者である松下隼司さんは、大阪府大阪市立豊仁小学校で4年生を担当する現役の先生だ。先生の枠を飛び越えて活躍する、その原動力に迫る。

惹きつけてやまない、圧巻の授業

松下さんの授業は、いつも子どもたちの歓声で溢れている。

一見エンターテイメントのような授業に、子どもたちはすっかり熱中し、先生の問いかけに反応して、活発に議論する。みんなで考えた答えに、先生が「さぁ、点数をつけていきますよ」というと、子どもたちから「楽しみ!」という声が上がる。こんな小学校の授業、自分も受けてみたかった、というのが正直な感想だ。

松下さんのクラスに、特別に優秀な子どもたちを集めたからではない。大阪府は、学力だけでなく、体力の面でも47都道府県中40位台に入る(2022年度)のが実情で、小学4年生ともなれば、やんちゃな盛り。様々な特性を持った子どもたちもいる。指導する立場からすれば、ハードルが高く、骨の折れることも多いはずだ。

それでも、松下さんがひとたび教壇に立てば、小学生だけでなく、どんな人でも、魔法にかかって、夢中になってしまうだろう。あっという間に終わってしまった、と思ったら、今日の学びがしっかり刷り込まれてる。授業の後は、楽しかったという余韻と、まるで何か鮮やかな技を決め込まれてしまったような妙な爽快感がする。

ここまで来るのに、何年かかったのだろう。どんな道のりを歩んできたのだろう。興味の赴くまま質問をしてみたら、気さくに色々と話してくれた。

「ガラクタ」のような憧れを忘れない

先生を志したのは、特別支援学校の先生をしていた母親の影響だった。小学校の夏休みに、母親が勤める学校のプールに連れてってもらった時のことだった。母親が子どもたちに囲まれて親しげに「先生」と呼ばれていて、まるで自分に接するように優しく接している姿を見て、とても幸せそうに見えたという。

もう一つの理由は、若い頃に流行っていたドラマ「みにくいアヒルの子」で岸谷五朗さん演じる熱血漢・平泉玩助に憧れたからだ。先生になりたかったのか、平泉玩助を演じたかったのか、今となってはどっちかわからない。ただ、今でも、毎朝「みにくいアヒルの子」を見てから出勤する。何度見ても、「やっぱり、いいな。こんな風になりたい。」と思うのだという。年を重ねて、色んなことに慣れてきて、何かに全力でぶつかることも無くなってきた。そんな時、このドラマを見返すと、玩助みたいに全力で子どもにぶつかる先生に憧れていたことを思い出すのだそうだ。若い頃の憧れは、大人になって色々なことを知ってしまうと、色褪せて見えたりすることもあるのではないか。でも松下さんは、40歳を過ぎた今でもその想いを大切にしている。

気がつけば、玩助と同じように、毎年必ず、春休み中に生徒の名前と顔を覚えてから新学期を迎えている自分がいた。

松下さんの母校である小学校の前で息子さんと一緒に「自分の一番星を見つけろ!」ポーズを取ってもらった。

憧れを、よりリアルに

30代の頃は、毎月書籍に10万円以上費やし、授業に繋がるありとあらゆることを勉強した。全国の優れた先生の評判を聞きつけては、実際に会いに行って、授業を観察した。断られることもあったが、諦められなかったので、めげずに続けた。その結果、今の職業観に大きな影響を与えるような先生に何人か出会うことになる。遊園地のように楽しく、細部まで計算し尽くされた授業を目の当たりにした時は衝撃が走った。自分も、いつかこんな授業ができるようになりたい。それからというもの、授業の準備と研究にますますのめり込むようになる。憧れが、フィクションから、いつか叶えたいリアルになった瞬間だ。

学校以外の世界が教えてくれたこと。それが、今に生きている。

先生になってからも10年間は大好きな演劇を続けていた。平日は18時から21時まで稽古、その後は、夜遅くまで安い居酒屋や喫茶店で芝居について仲間と語り合う生活を送っていた。

人生の全てを演劇にかけているギラギラしている人たちと、一緒に舞台を作るのがとても楽しかったという。

今の松下さんからは想像がつかない、過激な演出にも挑戦した。自分が夢中になっている世界を誰かに知ってもらいたくて、他の先生を招待したこともあったが、あまりのギャップに驚いたのか、一言も感想をもらえなかったという。しかし、本人はあまり気にしていない。かっこいい仲間と一緒に、かっこいいことに没頭する清々しさがあった。劇団が東京に進出するタイミングで、自身の結婚もあり、松下さんは劇団を卒業する。夢と現実が、静かに折り合いがついた瞬間だった。

演劇に夢中になっていた10年間を遠回りしたと思ったこともあった。しかし、それが今、時間を経てようやく肯定できるようになった。授業は、子どもという正直な観客を相手にした演劇に似ているという。松下さんの、表情豊かで身振り手振りが大きな授業に、子どもたちは釘付けになる。

 演劇を通して知り合ったプロの振付師から教わったことは、今でも忘れられない。ダンスが下手な自分に、それでも「心の赴くままに体を動かしてごらんよ」と言われた時は、自分の個性が認められた喜びがあった。松下さんは、この体験をもとに、ユニークなダンスの指導方法を考案し、JDAC全日本ダンス教育指導者コンクールで日本一となる。

演劇を通して知り合った人たちは、職業も年齢もバラバラで、演劇が好きという以外に共通点は無かった。それでも彼らと一緒に過ごす時間は最高に楽しかったし、素敵なことをたくさん教わった。若い時に学校以外の世界を知ったことが、今の松下さんの先生としての幅に繋がっているように思えた。

役者を志す松下さん スペイン村のショー。手前の悪役が松下さん

憧れを追いかける

松下さんの原動力は、憧れだ。憧れは、松下さんが創作した絵本にも出てくるキーワードでもある。

「せんせいは、せんせいが こどものときの せんせいに あこがれて なったんだよ。

こまったことが あったら たすけてくれて、

でも わるいことを したときは ほんきでしかってくれて・・・。

そんな せんせいに あこがれて なったんだよ」

                                                                                                       まつした じゅんじ 作「せんせいって?」より

せんせいに憧れて 作:まつしたじゅんじ/絵:夏きこ

どんな人にも、今の職業を選ぶきっかけとなる憧れがあったはずだ。愚直と思えるほどに若かりし頃の憧れに火を灯し続ける松下さんの姿を見て、心から望むものを追いかけている人の姿とはこういうものなのかと、はっとした。自分は、今、憧れを持てているだろうか。現実を見て「こんなものだよ」と言い聞かせることに慣れてしまってはいないか。自分の憧れはなんだったのか、しばらく考えてしまった。

憧れは儚い。すぐ忘れてしまう。憧れを持ち続けられるのは、子どもの時くらいではないか。

松下さんは、素直で心のフットワークが軽い。好きなものを追いかけ、会いたい人に会いにいき、やってみたいと思ったことを本当にやってみる。たとえそれが自分の日常とかけ離れていたり、本でしか知らない世界だったり、会ったこともない人だとしても、連絡を取り、どんどんチャンスを作っている。憧れのままで終わらせず、一歩、近づいてみる。大人が憧れを持ち続けるヒントを得た気がした。

子どもたちへの溢れる思いを、自由に表現

学校の先生という職業のハードな面が何かと取り沙汰されることの多い今日この頃だが、松下さんは、職業をもう一度選び直せるとしても、先生をやりたいと思っている。

「せんせいだったら やっぱり せんせいを やりたい。

 せんせいを ずっと ずっと つづけたい。

 かのうせいと こうきしん いっぱいの みんなと すごせて しあわせだよ。

 せんせいの おしごとは ほんとうに・・・ にじいろだよ!」 

                                                                 まつした じゅんじ 作「せんせいって?」より

せんせいはにじいろ 作:まつしたじゅんじ/絵:夏きこ

果たして、自分は職業を選び直せるとしても、もう一度、今の職業を選ぶだろうか。思わず胸に手を当てた読者も多いことだろう。仮に答えが、「選ばない」だとしても、だからと言って人生を失敗したと答えを急ぐことはない。そこには職業として成功しないと人生に成功したとは言えないという思い込みがある。職業とは、所詮、誰かが決めた枠でしかない。苦労を重ねながらも、先生を続けたいと願う松下さんを見て思うところがある。大切なのは、他人の引いた白線の中にいかにうまく収まっているかではない。今日を、自分の在りたいように、生きれたかということではないか。

一見遠回りとも思えた学校以外の経験も、今、しっかりとキャリアに彩りを添えている。

松下さんは、少しでも時間ができれば、子どもたちと鬼ごっこをしたり、一緒に並んで給食を食べることで、ちゃっかり自分も楽しんでいる。40歳を過ぎた今、20代の頃より、はるかに色んなことを楽しめるようになったという。ここまでくるのに20年。それでもまだ、先生としては完成していない。「定年後も、先生をしていたいんですよね・・・」とつぶやく松下さんの表情は、遊び足りなくてまだ帰りたくないと言っている少年のようだった。

子どもたちの幸せを心から願ってやまない。松下さんは、子どもたちに最高に楽しい時間をプレゼントする気持ちで今日も教壇に立っている。でもそこに「押し付けがましさ」は無い。どう受け取られるかは、子どもたち次第だ。思い通りに伝わらないこともある。自分が一生懸命教えたこと、一緒に過ごした時間など、子どもたちが大きくなったら忘れてゆくだろう。ふとそんな思いがよぎった瞬間、思い出したのは、先生として大先輩である母親の教えだった。4月から新しいスタートが始まる子どもたちに先生のことを忘れないでと願うのは良くないと。子どもたちの幸せを願うなら、自分のことを覚えていてくれるかなど、どうでもいい。それよりも、今日、自分が、子どもたちに全力を尽くせたかの方がよほど大事だ。今日も、自分は、全力でやれたか。そう問いかけながら、松下さんは今日も憧れに向かって進んでる。最後に、松下さんが小学校6年生の子どもたちを思って詠んだ短歌で締めくくりたい。

「卒業したら 忘れていいよ 先生を 新生活が 楽しければ」

(日本で最古の大神神社の短歌際で、3,300首の応募の中から、金賞の額田王賞を受賞)

取材後記

松下さんと初めてお会いした時の、一言目がとても印象に残っている。「先生って、名刺がないんですよね」一枚目の名刺、二枚目の名刺、とカウントすることが、そもそも、誰かが引いた境界線の中にいることに気付かされた瞬間だった。

松下さんの面白いところは、先生という職業以外に何かをしようと狙ったわけではなく、子どもと向き合う中で生まれてくる葛藤や想いに突き動かされて、絵本を書いたことだ。印税は受け取らない形で出版しているので、ましてやお金の為ではない。

どんなに辛くても、やっぱり毎日子どもと過ごせる先生という職業が好き。その想いが溢れて、はみ出た先に、自由な表現がある。自分が抱えるモヤモヤや、マグマのように突き上げる気持ちに蓋をせず、人目を気にせずに、もっと自由に表現してみたらいい。松下さんとのインタビューを通して、そんな風に背中を押されたような気がしてならなかった。

もっと自由に表現する先生たちを見てみたい。松下さんを初めて取材した時、その壁は厚かった。何をどう聞いても、答えは学校の先生らしい「模範解答」そのものだった。聞いたことをそのまま書き起こしても十分そのまま記事になりそうだったが、それでは二枚目の名刺Webマガジンとして何かが欠けている気がしてならなかった。

私は、松下さんから様々な資料を取り寄せ、松下さんが見たものを見て、感じたことを感じようとした。そこには、「先生」という建前の裏に、しっかりと松下さんらしいドラマが感じ取れた。当初はインタビュー記事を予定していたが、松下さんらしいドラマを描くには、「私」というレンズを通して書く必要があり、タッチが変わった。私はこの記事を、先生という職業や松下さんへの称賛だけで終わらせたくなかった。憧れに向かう人の姿を描きたかった。

取材の最初に、松下さんにどんな記事にしたいか尋ねたところ、読んで元気が出る記事にしたいと仰っていた。何か元気が出るストーリーを、と思いながら書き続けた結果、書いている本人が一番元気をもらった気がする。

最後に、百聞は一見にしかずで、松下さんの授業の魅力は、文章よりも動画の方が圧倒的に伝わるので、下記URLの動画をご覧いただきたい。

これからも、先生たちの活躍が、様々な分野に開かれてゆくことを願う。

松下隼司先生

松下隼司(まつしたじゅんじ)大阪市立豊仁(ほうじん)小学校教諭、通称「マツジュン先生」、2児の父。休み時間に子どもたちと鬼ごっこやドッチボールで遊ぶのが何よりの楽しみ。

【学校指導方法などをメディアで発信中!】

みんなの教育技術by小学館 松下隼司の笑って!!エヴリディ(毎週木曜日更新)https://kyoiku.sho.jp/special/179303/

松下さんの授業や絵本のご紹介:

【圧巻の5分間模擬授業!】JDAC全日本ダンス教育指導者コンクール 文部科学大臣賞受賞 https://www.youtube.com/watch?v=bBjOnrsq2S0

【先生という職業への愛が溢れる絵本】『せんせいって』(作:まつしたじゅんじ/絵:夏きこ)(YouTubeチャンネル名:みらいチャンネル)https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=EIpl-ZYWVQ8&fbclid=IwAR34rLBr-4G8cimtp86ZeKrzLFT8JJIwhimL9NWay-rgrpct3ZR6rGXQr_o

【子どもへの優しい眼差しが伝わってくる絵本】絵本『ぼく、わたしのトリセツ』(作:まつしたじゅんじ)(YouTubeチャンネル名: 絵本男子【公式】)https://www.youtube.com/watch?v=52YSP1xKB0c 

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Lucy
一般企業に勤めながら、NPO法人二枚目の名刺の広報担当として活動。
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