【連載】本業がきっかけで副業に、副業がきっかけで本業の新しい仕事にも繋がるという循環が起こる ソフトバンク株式会社後編
今回、すでに兼業・副業・複業を組織として取り入れ活躍する企業の現在を追いかけ、その背景や変化、課題などを聞き、そこに生きる組織と個人の関係性を見つめ直す連載である。
ソフトバンク株式会社(以下ソフトバンク)では、2017年11月より社員の副業が解禁された。同社の基盤開発企画部コアテクノロジー開発課に所属する鶴長鎮一さん(つるながしんいち 以下鶴長さん、部署名は取材時のもの)も、副業を行うひとりだ。
鶴長さんが副業を通じて得たものは何か。個人を取り巻く働き方の変化を聞く。
ソフトバンク株式会社担当課長プロフェッショナルエンジニア /株式会社DEEPCORE Technical Director 鶴長鎮一
大学在学中に立ち上げたISPを経てソフトバンク(株)に勤務。ソフトバンクではサーバーをはじめとするインフラおよびプラットフォーム構築を担当。またAIインキュベーション事業を行うディープコアに兼務出向中。コーディングからインフラ構築まで一エンジニアとして幅広く従事し、2017年からサイバー大学にてPythonやAIをテーマとした講義を持つ。
鶴長鎮一著書、日経Linux連載、ITmedia連載
本業でも「複数の場所」で働く“副業”のような働き方
鶴長さんは本業の中でも、3つの仕事を持つ。ひとつは本務ともいうべき、通信インフラのサーバーの企画・設計の業務。ふたつめは、ソフトバンクグループ株式会社の子会社であり、AIインキュベーション事業を行う株式会社ディープコアへ出向し、AI分野の起業を技術面から支援する。そして、ソフトバンクグループの新規事業提案制度において事業化検討中のアイデアの実現支援を行うSBイノベンチャー株式会社にも籍を置く。本務以外は兼務出向という扱いだ。
ソフトバンクには、フリーエージェント制度という自ら希望する部門に手を挙げ異動を実現する仕組みや、ジョブポスティング制度という新規事業や新会社を立ち上げる際に会社がメンバーを募集する仕組みがあり、0から1を立ち上げる機会に自から手を挙げることができる。
現在の鶴長さんの状況は、そういった社内制度を活用し、自分が興味のあること、やりたいことに積極的に手を挙げて携わった結果だ。
「まるで社内で副業をしているようですが、業務の内容次第でパーセンテージをそれぞれ分けて働いています。例えば、本務は50%、他が合わせて50%という感じでしょうか」
と鶴長さんは語る。
鶴長さんにとっては、常に自分にとって「仕事を通してやりたいこと、貢献できること」がクリアだ。だからこそ、「会社」という1つの箱の中だけで自分のスキルを価値提供するのではなく、本務以外にも自分のスキルや力をさまざまな場所に繋げ、社内で兼務を果たしていることがわかる。
働き方改革で、副業やプライベートの活動について話しやすい社内文化にシフト
鶴長さんは副業で、技術書や雑誌連載などの執筆活動と、サイバー大学の講師活動を行っている。
鶴長さんが執筆活動をスタートしたのは約20年前。以前勤めていた会社の頃から活動しており、16年前、M&Aでソフトバンクへ在籍することになった後も会社に届出を行ったうえで継続していた。当時はボーダフォンやソフトバンクテレコムとの合併などが重なり、就業規則や企業文化がそれぞれ異なる状態であった。
その頃は同社において就業規則では副業を禁止していたものの、執筆や講演活動などは許諾を得れば認められていた。しかし、副業解禁となるまでは、特段副業を応援するムードはなかったという。そのため、鶴長さんも部署の数十名のメンバーにしか、副業をしていることを明かしていなかった。
2010年頃から、少しずつ職場環境が変わり始める。現在はスーパーフレックスや在宅勤務などを活用して、働く時間や場所を自分自身が選択できるようになってきた。ミーティングもビデオカンファレンスを活用し、個人の選択ではなく、会社の概念としても時間や場所に捉われず生産性をあげて働くことができる環境になってきているという。
「みんな遅くまで仕事をしているのに、あの人は副業をやっているのか、と思われるのではないかと思い、以前はなかなか言いにくかったですね。ここ数年で社内の雰囲気がグッと変わり、退社後や空き時間を使って勉強会やセミナーに参加していることを堂々と話したり、社員同士がSNSでつながり、オフの写真や出来事を気軽に載せたりしやすくなりました」
同社の働き方改革は、社員の意識や行動に変化をもたらしているようだ。副業解禁によって会社外での自分の活動を見せ合えるようになった。その人が何に興味をもちどんなことをインプットしているのかを知ることは、共に働く社員同士のコミュニケーションにポジティブな変化を起こしている。
副業をきっかけに社内でも「私はこのような人間です」ということが伝わり新しい仕事に繋がる
副業を通じて、鶴長さんには社外に良い意味での『薄いつながり』ができた。そのつながりをきっかけに、次の仕事につながることもよくあるという。自分がどういう分野が得意なエンジニアなのかということが、副業を通じて認知されるようになったのだ。
また、外とのチャネルを持つことで、エンジニアの中でも、潮流を早めに察知することができるようになったことも大きな収穫だ。
「今後発展しそうな分野に先に自分で知見を広げて調べておくと、会社で事業化する時に、自信を持って手を挙げることができる。エンジニアがたくさんいる中でトップに立つのは大変ですが、新しい分野であれば知識があるだけでも認められうる」。
今でこそ広く認知されるようになったAIも、以前からかなり勉強しており、その知見が、結果的に兼務として手を挙げたディープコアへの参画へつながったそうだ。
社外での取組みによって自分の得意な領域や分野を確立し、結果社内においてもその知見や情報が活きている。実際にソフトバンクグループの通信制大学『サイバー大学』の講師の副業についても、鶴長さんの執筆活動を以前から知っていた所属部署の上長が、鶴長さんに声を掛けたのがきっかけだという。
社内においても「彼はどのような知見や情報を持っているのか」ということをより鮮明に伝えていくことが可能になっているのだ。
また、現在はエンジニアの技術がオープンになっていることが多いため、自ら外部のコミュニティに入っていくことで、社内だけでは得られない最新情報が入ってくることも多いという。
「年齢を重ねるごとに『おもしろそうだな』と思えることが少なくなってきていると感じているので、自分の好奇心や感度を高める努力はしていますね。記事を読んで気になる用語があったらメモしたり、深堀りしたり、自分の専門とは違う分野でも、バズっていたら調べたりするようにしています」と鶴長さん。あらゆる所に常にアンテナを張ることで、本業でのさらなる活躍につながっている。
書籍の執筆依頼などがあっても、本業との兼ね合いで全てを受けることが難しい時もあるという鶴長さん。本業に支障が出ないことは意識しつつ、今後も副業を続けていきたいと考えている。サイバー大学での講師経験を活かし、Udemyなどのオンライン学習メディアにもチャレンジしたい、という考えもある。将来のキャリアとしては、昔からの目標のひとつでもある起業も視野に入れているという。
本業をきっかけに執筆など副業をスタートし、その副業で得た経験や知識を本業に活かし、業務領域を精力的に広げている鶴長さんの姿は、まさに同社が理想とする社員のマインドや働き方を実現している。
本業と副業の好循環を繰り返している社員の姿こそ、イノベーションの種と言えるかもしれない。
ライター
編集者
カメラマン